俊徳丸

俊徳丸

 中世の説教節の物語の一つで、「小栗判官」とよく似た、信仰による病気平癒の物語です。
 大阪には俊徳道という道路があり、彼が通った道ということになっていますが、四天王寺の信仰と深いつながりがあり、謡曲の「弱法師」も俊徳丸の物語で、伝説の成立はかなり古いかもしれません。
 長者の家の子供でありながら、後妻に入った継母に呪いをかけられて、盲目になり業病におかされて、家を出され、、乞食の集団に入って物乞いをしている・・という話ですが、謡曲の「弱法師」では、継母は登場しません。人の讒言にあって家を出て、盲目となっているという設定です。
 四天王寺の法要に物乞いに現われ、「日想観」をして、栄光に満ちた昔の時代を思い出し、物狂いをするというストーリーです。
 四天王寺は、今でこそ、町中にありますが、もともと夕日を見るための場所・・というか、西方浄土を想起しながら夕日を拝む「日想観」の信仰のあった場所なので・・(実際に、この法要は今、復活しているらしいのですが、見たことはありません)、春分と秋分には、鳥居の間に夕日が沈むのが見られるそうです。
 ということで、弱法師のスタイルで、夕日を背負ってみました・・。あ・・実際は夕日に向かうので、逆なんですけどね。
 
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俊徳丸

乱読おばさま お久です。
我が郷土には俊徳丸鏡塚なるものがあって、付近を長者屋敷といいます。謡曲弱法師や浄瑠璃合邦辻で名高い俊徳丸の故地として知られています。
この塚は本来横穴式石室を持った6世紀代の古墳です。石室入口に実川延若寄進の焼香台があります。
でもこの塚があるから俊徳丸の伝説が今に伝わっているから貴重なんでしょうね。

アキックスさま

こんにちわ~♪ ありがとうございます。そうですよね。古墳時代の古墳(当たり前か・・)にでも、地元の人が俊徳丸の墓だと伝えることが大切だと思います。それほど、敬愛されている伝説だと考えれば貴重ですよね。四天王寺の行事の宗教的な意味と、それを援助していた地元の名士とのなんらかの関係があるのではないかとも思いますが、伝説が残るのは大切だなと・・。

No title

乱読おばさま こんにちは~
四天王寺で俊徳丸が舞楽童を務めた姿を見て恋仲となった同じ高安の蔭山長者の娘は、これを聞いて四天王寺に参り、ようやくのことで俊徳丸を尋ね出し、観音にその本復を祈願したところ、たちまち効験があって病が治り、二人は夫婦となって蔭山長者の家を継いで幸せに暮らした。一方信吉長者の家は、その後急速に家運衰え、ついに乞食にまで落ちぶれたと伝わっています。

アキックスさま

詳しい伝説ありがとうございます。
地域で発展した形ですね。謡曲では、まだそこまでいっていないで、俊徳丸には恋人はいないんですけど、ドラマはただただ可哀そう・・・では、やはりやさしい恋人を添えたいってふううになるんですよね。人びとの愛情を感じます。
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