明正天皇

明正天皇

 奈良時代以、絶えていた久々の女性天皇は、寛永6年にわずか7歳で即位しました。
 即位の事情は、いろいろあって、父親である後水尾天皇の幕府に対するいわば「反抗」のため・・といえばいいのでしょうか。
 これまでの・・といっても860年ぶりですが、大人であった女帝と違って、幼帝にして女性という立場です。
 生母は、徳川和子・・つまり、幕府の将軍であった徳川秀忠の娘ですから、徳川家の血を引いている(という意味では、和子の母はお江の方・・つまり淀殿の妹ですから、和子の祖母はお市の方で母方では織田家につらなる)。
 もし男子であれば、徳川家の血筋ということで、幕府だって大喜びのはずなんですが、徳川和子には生まれた皇子がすべて若死にするという不幸。
 ところが夫の御水尾天皇は徳川家の干渉をうるさく思っているうえに、秀忠が気に入らん・・・ということで、この幼い姫に突然皇位を譲る。まあ・・・「お前の孫を天皇にしてやったんだから文句は言うな・・」ってとこでしょうか。
 色々事情はあれ、女帝が誕生したのですから、儀式は滞りなく行わなければならない・・。
 ところが、女帝がたってからすでに800年以上たってしまって、どのような装束で即位式に臨めばよいかわからない・・。
 そこで、参考にされたのが正倉院で、正倉院に残っていた冠の断片から女帝の宝冠を復元し。礼服を作った。
 それが、どのようなものだったかはよく分かりませんが、残っている絵図などから、能の女神がかぶる天冠のようなもので、身に着ける装束は、古代から天皇の色とされる白で、筒袖の袍と大袖の上着が作られたようです。
 それらのものから、こんな感じではないかと・・・。
 真っ白の装束は、現在の宮中祭祀にも皇后陛下が着る純白の十二単のようなものと思われます。
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