北政所

北政所

 本日はまた地味で、前回の坊さんに続いて今度は尼さんです。
 ですから出家した時のように高台院というべきかもしれませんが、北政所の方が一般的なので、こっちの名称を使いました。
 豊臣秀吉の奥方ねねさんです。今では「おね」とか「ねい」あるいは「ねー」と言ったというのが最近の流行でしょうかね。
 今年は大阪夏の陣400年(去年は大阪冬の陣400年でした)ということでまたまた大阪城近辺は盛り上がるのかも。
 先日、またしても「豊国祭礼図を読む」(黒田日出男・角川選書)を読みまして、まあ、いろいろ面白かったんですね。
 あの屏風絵には立場上、祭の主催者である北政所が描かれているのですが、その風貌をめぐっての面白い解釈でした。
 淀殿、秀頼の注文による祭礼図には、北政所がしわくちゃばあさんに描かれ、北政所注文の祭礼図には上品な尼僧に描かれたという、まあなんともユニークな説ですが、本人や親しい人からの注文による肖像画は美化されている可能性が大いにあるのですが、醜く描くというのもありなんかなあ?
 淀頼母子がそんな子供じみたことするかなあ・・という気もしますけれど。
 北政所が出家したのは50代の半ばですから、当時としてはすごいおばばでしょうけれど、まあ、多少は美化されたものの上品な絵姿に仕上がっている肖像画は若作りなので、その雰囲気で・・。
 肖像画の一つに赤い法衣を着たのがあったので、華やかに。その方が蒔絵に似合うでしょう?
2015-01-17
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