中臣御食子

中臣御食子

 古代の神祇官というものがどのようなスタイルをしていたかわかりません。
 そもそも、中臣御食子(なかとみのみけこ)という人物が神祇官であったかどうかもわかりませんが、中臣氏というのは神と人との仲立ちをする一族で、古来、神祇関係の職業につく家柄だったという可能性はあります。
 神職をはなれて政治家の道に進んだのは、御食子の息子にあたる鎌子(つまり藤原鎌足)ですから、鎌子が「神祇伯」の職を蹴ったというような記録があるのは、本来は神祇関係の家の子だったんでしょうね。
 現在も伝わる神職の人たちが、大切な神事である式年遷宮などを行うときは、明衣という白い衣を、正装の束帯の上に重ねて、額に 木綿鬘をつけ、木綿襷をかけるとされているので、おそらく古代でも、衣の上から、額蔓と襷をつけたのではないか・・という想像です。
装束の上からかける小忌衣(おみごろも)なども白いものですから、神事は白い衣装で行ったのではないでしょうか? 
2014-07-17
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