吉野の五皇子

吉野の五皇子

 吉野の会盟といえば、六皇子ではないの?
 との御不審もありましょうが、あの場に参加していた八人の盟約・・・つまり天武天皇、持統天皇(当時は皇后)に対して、六人の皇子が互いに協力し合うことを誓うというものでありますが、いわば、草壁皇子の「立太子」に、他の五人が「文句はいいません」ということを認識させられたものですから、五人でいいのではないかと・・。
 で、吉野の五皇子です。
 後列左から高市、大津、川島。前列が左から施基、忍壁です。
 この吉野の会盟の時に、それぞれの年齢が推定されていまして、高市が最年長で26歳。川島23、長壁が20、大津が18、施基14くらいということらしいので、施基だけが、みずらにしてみました(シキの皇子は二人いますが、このシキの皇子は、天智系の方で、川島の弟です)。
 大津と忍壁って初描きですね。大津は何度も名前が登場していながら、ある意味、万葉の悲劇のヒーロー的なのが、私的にはイマイチで、なんとなしにイメージがわきにくい人物ではありました(体育会系だと推測してましたが・・)。
 今回あえて、総出演となったのは、先日、関西大学特別公開講座関連のツィッターを読んだからです。
 猪熊先生が、この皇子たちの墓を特定されてしまったことです。これは、もう大変なことですが、はたから見てるとこんなに面白いことはない。
 猪熊先生によれば、なんと高市はキトラ古墳。川島はマルコ山。草壁は束明神、忍壁が高松塚だとか!
 さあ、皆さまはいかが思われますか?
2014-05-24
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

乱読F

Author:乱読F
歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

アルバム
最新記事
検索フォーム
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
カウンター
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる