文覚と頼朝

文覚と頼朝

 文覚上人は、怪僧と呼ばれる色々なエピソードが平家物語に語られます。
 行動的で強引。言い出したらきかないし、荒っぽい。人を人とも思わず、相手の立場なんて(高貴な人であろうが、囚人であろうが、人妻であろうが)配慮しない・・。
 修行中でも、常識はずれの荒行を行い、何か人外の物に助けられているのであろうよ・・と思わせる無茶ぶりで、伝説では不動明王のお弟子が助けたことになっているのですが(月岡芳年などが迫力ある瀧に打たれる絵を描いています)、教養ある人からすると痛快というより、怪物めいて見えたのかも。
 そもそも、出家のきっかけが、人妻に横恋慕して強引に迫り、結果として拒否されて殺してしまったってことですから。
 仏教界に入ったからと言って、この思い込みや強引さがなくなるわけではないでしょう。
 俗っ気も旺盛で、政治的な動きも派手。
 六代御前を「保護」したのも、この文覚が、政治的に立ち回った・・つまり源頼朝とツテがあったからですね。
 二人がなんで知り合ったかと言うと、まあ、ムショ仲間みたいなもん。
 文覚の強引さがたたって伊豆に流罪になった時、その地に同じく流罪になっていた頼朝と親しくなった。
 勿論、進んで親しくなったのは文覚のほうです。
 どちらかというと、平家に一方的にやられて流罪という憂き目にあって、腰が引けているように見えた源氏の御曹司に、このままでええんかい!と迫った。
 その方法は、おもむろに(懐から汚い風呂敷につつんだ?)古びた髑髏!を出してきて「これはあなたのお父上ですぞ!」。
 しかも、これを首から下げて!!ずっと供養してきました・・って、大概の人が引くとおもいません? 
 さらし首を拾って持ち歩いていたって・・。供養するなら、普通どこかに埋めてあげるんじゃないの?
 「ほれ、父上の無念を思うなら、息子のあなたが、決起して平家を滅ぼすべきです! ほれほれほれ」
 と頭蓋骨つきつけられて迫られても・・・。
 「いや・・私は流人だし・・」苦しまぎれに「天皇の命令でもあれば・・」なんてつぶやいてしたものだから、「では、もらってこよう!」 って、だだっと走りだし、東海道新幹線も山陽新幹線もないのに、京都を過ぎて神戸まで行って(平家が神戸の福原に遷都していた時)、後白河法皇の院宣をもらってきてしまった(これまた幽閉中の法皇に強引に迫って書かせた)。
 これがきっかけで、頼朝が決起した・・というんですが、六代御前の話にしても、頼朝相手の強引さ、上から目線は、これから一生変わらんかったってことですよね。
 彼が本格的に失脚するのは頼朝が死んでからですし。
 ということで、「頼朝に決起を促す文覚上人の図」です。
 背景は歌川国芳の、かの有名な大髑髏です。
2014-05-16
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