江戸時代の大阪画壇

江戸の大阪画壇

 江戸時代の画家として、江戸画壇京都画壇はあまりに有名で、それぞれの絵師ということであれば、だれでも知っている人がいるのですが、江戸、京、大阪と並び称された三都としては、大阪画壇の絵師たちは有名ではありません。
 勿論、その当時は別ですが、現在では、はて誰がいたっけ?などと言われるようになっているのは確か。
 かくいう私も、具体的にその絵となるとすぐには思いつきません。
 しかし、まあ、以前Pixivで、京都画壇などをネタにしている清華さまイラストなどを見ていますと、やはり、ここは大阪画壇などもやってみたいなと・・・。
 大岡春卜(おおおかしゅんぼく 1680~1763)
  狩野派を学ぶ、大阪画壇の創設者とも言うべき大家。絵画は勿論、中国文学、和歌に音曲、狂歌と多芸多才な人物。背景はずっこけたウサギの絵。

 月岡雪鼎(つきおかせってい  1725~1786)
  大阪の浮世絵師。西川祐信の影響が強いのですが、曽我蕭白の兄弟弟子。美人画で名を上げ、彼の春画は火事を防ぐと言われ大人気に。最近わりと名前を目にするかも・・・。

 長山孔寅(ながやまこういん  1765~1849)
  秋田県の出身。京都で四条派に学び、呉春の弟子。
 後大阪に出ますが、孔寅という名に号は子亮というからには諸葛孔明を意識してるだろう?と勝手に決めつけました。柿渋団扇に羽扇の絵を描き、頭に豆絞りの手ぬぐいです。

 岡田半江(おかだはんこう   1782~1846)
  絵師ですが、本業は米屋の旦那。と言っても江戸時代の大阪の米屋ですから蔵屋敷などを取り仕切る経済界の大物。大塩平八郎と親しく、乱ののち住吉に転居。

 金子雪操(かねこせっそう   1794~1857)
  江戸の出身。伊勢で絵を学び、京都から大阪に来ました。ものすごい貧乏暮らしをしながら清雅な絵を描いていて、吹田のパトロンに招かれて暮らしていたこともあったとか。
※ 吹田市博物館で今度、展示があります。

 勝手なイメージで、5人並べてみました。
2013-08-04
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