森羅三郎

新羅三郎

 世に芸術を愛する雅な人物・・という伝説は多いのですが、この新羅三郎(しんらさぶろう)も、その一人です。
 本名は、源義光(みなもとのよしみつ)。八幡太郎義家の弟です。
 兄の八幡太郎義家も、風雅を解する武人の伝説があり、絵画に描かれる雅な武人の一人でもあります。
 新羅三郎の場合は、彼は笙の名手で、雅楽の家豊原時忠から教えを受け、免許皆伝の腕前。
 伝説によると、豊原時忠は、自分の後継者の孫の時秋がまだ幼い子供であったので、、豊原家が伝える笙の秘曲を、一番弟子である新羅三郎に伝授したのですね。
 ところが、時が移って、豊原時忠の死後、後三年の役が起こり、八幡太郎義家が闘っていたので、それを応援するべく、弟の新羅三郎も出陣することになったのです。
 その出陣する新羅三郎を、豊原時秋は、見送りについて行くんです。もう子供ではありません。
 で、見送りに来た時秋を見て、新羅三郎は足柄山で、自分の受け継いでいる秘曲を、彼に伝授して「自分は戦場に行くが、君は都に帰って、家業を継ぎなさい」という、足柄山の別れ・・という名場面が展開するわけです。
 この話は出征する武人と風雅の道・・というようなテーマで、戦前では有名であったらしく、背景に月を頂く富士山を背負って、笙を吹く武士の絵がよく描かれています。かの月岡芳年も描いていた!(実は最近まで知らなかった)
 私は冷泉為恭の絵でこれを知ったのですが、この画家も面白いのでちょっとだけこっちに書いています。
 で、笙の秘曲を、月の足柄山でおもむろに演奏しようとするところで・・。
2013-02-19
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