日子坐王

日子坐王

  日子坐王(ひこいますのみこ)は、彦坐王とも書きます。
 系譜上では、崇神天皇の異母弟にあたり、つまりは伝説上の大君である開花天皇の皇子ということになります。
 詳しいことはよくわからないくらい古い伝説上の人物ですが、いわゆる四道将軍と関係があります。
 四道将軍は、桃太郎のモデルといわれる吉備津彦大彦命、その息子の武渟川別(たけぬなかわわけ)、そして丹波道主(たんばみちぬし)と言われていますが、日子坐王は、その丹波道主の父親とされ、大彦の甥、武渟川別の従兄弟です。
 しかし、古事記によれば、崇神天皇の命令で丹波の陸耳御笠(くがみみのみかさ)を討伐したのは、日子坐であり、丹波地方に派遣されて平定をしたのは、息子の道主ではなく、日子坐自身だったのではないかという人もいるようです。
 ということで、地方へ派遣される王族武人の一人だったと思われます。
 この日子坐王の息子と娘が狭穂彦、狭穂姫で、垂仁天皇暗殺をたくらみ、失敗して炎の中で死んだドラマチックな兄妹ですが、このお話は、また別の機会に・・。
 日子坐王の別の系譜の四代目の子孫が神功皇后で、垂仁天皇の二度目の皇后、葉酢媛(ひばすひめ)も孫にあたります。
 ところで、大正頃の五月人形で、古代の武人をあつかったものを見まして、その個性的な髷や、衣装など古代を工夫してイメージしている様子が面白かったので、そのイメージで。人形のモデルは、四道将軍ではないかと思いますので・・。
2012-02-01
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