佐々介三郎

佐々介三郎

  佐々宗淳(さっさむねきよ)は、言うまでもなく、水戸黄門の助さんのモデルです。
 いや~・・長寿番組というか、なんやかやいいながら、ずっとやってった「水戸黄門」がついに終わるということで、普段見てなかったのに、ウチの母がテレビに見入ってましたね。
 で、まあ、この方を登場させてみようかなと・・。
 実在の「助さん」は字が違って、介三郎です。
 この人は、単に黄門さまのおつきの家来というのではなく、水戸黄門説話そのもののモデルと言っても過言ではありません。
 というのも、水戸黄門ご本人はあちこちうろうろしていたわけではなく、「大日本史」の編集をするために資料を集めたり、調査をしたりしていたのは、この人だからです。
 もともと瀬戸内海や、四国、そして奈良の宇陀に移り、京都のお寺でお坊さんになったという経歴の持ち主なので、「関西人」なんですね。
 後に還俗して、水戸光圀に「歴史調査係」として仕えたわけです。
 地味ながら、とても重要な、お寺の古文書調査をしたりしているのですが、7世紀の碑文である那須国造碑の調査をして修復したのも彼ですね。日本最初の「学術的発掘調査」が行われた侍塚古墳(上侍塚古墳・下侍塚古墳)の調査主任としても有名です。
 ということで、発掘の下調べをする介さんです。黄門さまから「やっつけておしまいなさい」といわれていたのは、歴史調査だったんですね。
2011-12-20
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

乱読F

Author:乱読F
歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

アルバム
最新記事
検索フォーム
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
カウンター
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる