フランシスコ・ボルハ

boruha

  フランシスコ・ボルハは、スペイン貴族のガンディアの公子として生まれ、子供の時から信心深かったという伝承もありますが、神聖ローマ皇帝カール5世の宮廷に仕えました。
 あちこちに飛び回って忙しかった皇帝について歩いて戦場も体験し、貴族の子弟のならいで、年頃になるとポルトガル貴族の娘を嫁に迎えて、普通の生活をしましたが、ひそかに恋い焦がれる年上の女性がいたとか・・。
 それは、ほかでもない、主君の最愛の后イザベル皇后だったのですねえ。
 ティツィアーノの絵に描かれる美女です。
 これはもうかなわぬ恋の典型で、絶望的だったのですが、この憧れの女性が35歳で、難産で死んでしまったのですね。
 もちろん夫のカール5世が嘆き悲しみ、以後独身を通したのは有名な話なんですが、この人の葬儀の時に、遺体の移送を命じられたのがフランシスコだったのです。
 ところが、恋しい人の遺骸に付き添って旅をする途中に、ハプニングがあって、棺桶がひっくり返ってしまい、中身がこぼれ出したんだそうです。
 そして、その死体を見たフランシスコは、あんなに美しかった人も死ねば変わり果てるのだという「無常」を悟って、出家を決意した・・とかいうお話が伝わっています。
 この場面が絵にかかれているのも見たことがあります。
 フランシスコ28歳の時ですが、世を厭う心があるにもかかわらず、父の後をついで公国もおさめねばならず、妻子もおり、しばらくは敬虔な俗人として過ごしますが、妻が死んだ後に、息子に公国を譲って、文通していたイグナティウス・ロヨラの作ったイエズス会の聖職者になります。
 その後、後進の教育などに熱心で、宣教師養成所を作り、イエズス会第3代総長にまで「出世?」しますが、評判がよく、ローマ教皇に押すような声もあったようですが、つつましい生活をして死後、列福され、後に聖人になりました。
 ゴヤが、ボルハ公爵家の依頼で、この人が病人に取りつく「魔物」を追い払う絵を描いていますが、十字架から血がほとばしっているという芝居がかったもので「名作」とはみなされていないらしいので、あまり目にすることはありませんが、「細長い身体」が印象的なこの人が十字架をかざすスタイルが面白かったので描いてみました。
 ボルハの名前からわかるようにもちろん「ボルジア家」ですが、この人のお祖父さんが、ホアン・ボルジア(チェーザレの弟で、アホのホアンです)ですから、フランチェスコさんはアレッサンドロ6世の曾孫!にあたります。
 教皇になっていたら面白かったでしょうね! まったく清濁、逆の教皇が、ボルジア家から出たかもしれないのに・・。
2011-10-12
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