マチルド・ボナパルテ

マチルド・ボナパルト

 本日12月12日で、このブログが6年目を迎えました。本当に、訪問して下さる皆様方のおかげです。近頃は更新も少なめになってきているのですが、なんとかぼちぼち続ける所存ですので、今後ともどうぞよろしく。

 本日は、マチルド王女、つまりマチルド・ボナパルトです。華やかな第2次帝政の花で、サロンの女王で、ウージェニー皇后とライバル・・というか、皇后が大嫌いだったのですね。
 名前からもわかるようにボナパルト一族。
 ナポレオンの末弟ジェローム・ボナパルトの娘でナポレオン3世の従姉妹にあたります。後のナポレオン3世 つまりルイ・ナポレオンは、20代で初めてこの従姉妹に出会い、女性の肩と胸が大好きだった彼は、大胆なデコルテの美しい彼女に猛烈にアタックします。
 これには、ルイ・ナポレオンの母親オルタンス(彼女はジョゼフィーヌの娘)と、マチルドの父ジェロームの共同謀議で、オルタンスは、スケスケの衣裳を彼女に貸したらしい。
 ジェロームは借金で首が廻らないし、オルタンスは、マチルドの母方の血筋に各王家がいるので、大いに乗り気になった。
 唯一反対だったのが、弟の家の財産状況を知っていたルイの父親のルイ・ボナパルトでした。
 しかし、本人ルイが、ぞっこんで、婚約しますが、何を血迷ったか、思いあがったか、そのすぐ後にルイは、軍隊で反乱を起こし、失敗して投獄ということになります。これで婚約はおじゃん。
 この後、ロシアの大富豪で、熱烈なナポレオンファンであったデミドフ伯爵があらわれ、沢山の宝石と贈り物で攻勢をかけ、彼女は嫁入りします。あきれたことに、この時デミドフが贈った宝石類は、花嫁の父ジェロームから莫大な金額で買い取ったものだそうです。パパは、よほど、お金に困っていたのでしょうね。
 この結婚はうまくゆかず、すぐに夫婦ともに愛人を作って、勝手気ままに暮らすようになりますが、あるパーティで、マチルドと夫の愛人が大喧嘩になり、その時、デミドフ伯爵がマチルドを平手打ちするという事件がおこったそうです。
 これが裁判沙汰になり、結局ロシア皇帝のニコライ1世(母方の親戚)の仲裁で決着がつき、彼女は莫大な慰謝料をせしめ、宝石類も返さず、パリでサロンを開き、愛人と暮らしました。
 後に、ルイ・ナポレオンが皇帝になると、彼女は、皇后代理のように協力し、従兄弟を支えましたが、彼女のサロンに出入りしていたスペイン貴族のダサい娘が、皇帝の心を捉えます。
 それ自体は彼女にとって別に悪いことではなく、女好きなルイのために色々な女性を紹介までしたのですから当然です。
 ところが誤算だったのは、その娘の母親が厳格なカトリックで、結婚を前提としなければ「おつきあい」してはいけないと言い出した。このエウヘニエ・デ・モンティホーというスペイン娘がどうしても「欲しい」皇帝は、本気で結婚。
 彼女はウージェニー皇后となります。
 なんてことでしょう! とマチルドが怒り狂い、以後生涯の敵となります。サロンの掟破りということなのか、それとも密かにルイを自分の男と思っていたのに、スペイン女なんかに掻っ攫われて悔しいのか、彼女のサロンは反皇后の女の砦となります。
 ここんところ、やはり彼女もボナパルト家の女なんでしょうね。ユージェニーはジョゼフィーヌのような立場です。
 マチルドの絵は、ヴィンターハルターの肖像画があるのですが、中年以降、肥満していたといわれる彼女を、思いっきり美女化していると思うけれど、眉目のしっかりしたところ、引き結んだ口元など、こころなしかナポレオンに似ているような気がしません?
 ナポレオン3世については、こっちにも書いています。
2010-12-12
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