カルロ・ボッローメオ

聖ボッローメオ

 貴族の出身で、ピウス4世の甥にして、枢機卿、ついでミラノ大司教という高位の聖職者であったカルロ・ボッロメーオは、死後に聖人に列せられました。
 というのも、ミラノでペストが猛威を振るった折に、貴族や金持ちなどが、こぞって罹患を避けて、ミラノを離れてしまった時に、疫病が蔓延するミラノの市中に出て、私財を投げ打って、救援にあたり、自ら先頭にたって患者の救済や、死者の埋葬などに走り回りました。病気の拡大の防止のために外出を禁じられ、聖堂に行けない人々のために、十字架を持って祈りに出かける坊さん、いわば教会の出前のような組織まで作ったそうです。
 この人が、キリストの物語の擬似体験の場を作ろうとしていたのが、サクロモンテです。
 折から、北の方で起こった宗教改革の嵐に、ミラノという地は、ある意味、カトリック信仰の前線であったのでしょう。そのためにも、より分かりやすく、より迫力をもって布教しなければいけなかったので、立体壁画による聖地の再現、キリストの生涯の再現というものが生まれました。サクロモンテはこちらにも少し書きました。
 そして大司教さま自らが、このド迫力の3D再現ドラマに、大層ハマってしまったのですね。
 たびたび、ヴァラッロのサクロモンテを訪れて泊り込み、夜に、たった一人でランタンを持って、礼拝堂を訪ね、黙想に浸っていたそうです。そして、彼がなくなる直前も、サクロモンテに籠もっていたので、この場所で、天使から死期を告げられたという伝説まで生まれました。
 「ヴァラッロのサクロ・モンテ―北イタリアの巡礼地の生成と変貌」(大野陽子・三元社)を読みまして、まあ、このペストの聖人と、劇場型擬似聖地との関連を知りました。今でこそ色合いが剥落したり、植えつけられた人毛が抜けたりしていたんでいるのですが、製作当初に、暗いランタンや蝋燭で、これらの塑像を見たならば、かなり迫力があったのだろうなと思います。
 夜道をたどるボッロメーオ大司教です。
 ちなみに、ローマで、ボッロミーニが建設して、ベルニーニがけなしたとかいうサン・カルロ・アッレ・クァットロ・フォンターネ教会は、サンカルロつまり、この大司教に捧げられていますし、ボッロミーニという名前もこの方からきています。
2010-12-05
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