ヘロデ・アグリッパ

ゆだや王

 アグリッパ1世として知られる、ユダヤの王族です。
 ヘロディアの夫(つまりサロメの継父)であるヘロデ・アンティパスの、次の名目上のユダヤの支配者ということになります。
 系譜から言うと、ヘロデ・アンティパスの異母兄弟アリストブラス(彼は、母が先代のハスモン王家の出身だったので、実父のヘロデ大王によって殺された)の息子です。
 名目上というのは、実質、ユダヤの支配者はローマ帝国だったからです。
 若い頃、ヘロデ・アグリッパはローマで暮らしていて、彼と似た境遇の、同じく「父親が殺された(と信じている)不幸で高貴な少年」カリギュラと親友になったのですね。彼のローマ名マルクス・ユリウス・アグリッパというのは、カリギュラがらみで得た名前なのでしょうか。
 その親友がローマ皇帝になったことで、ユダヤでの地位を獲得して、叔父と叔母(ヘロデ・アンティパスとヘロディアです。勿論)を追放し、ヘロデ大王時代の所領を統括する立場となりました。
 クラウディウスの時代になっても、ローマの後ろ盾は続いていたのですが、支配者となって3年目に急死します。
 ある書物によると、キリスト教を弾圧し、大ヤコブを処刑し、ペテロを獄につなぎます。
 そして、ヘロデ・アグリッパ自身は、銀色に輝く衣裳を着けて、民衆の前で演説すると、人々は「神の声のようだ」と称えたので、神の怒りに触れ、虫に食われて死んだ・・ということになっています。
 何の書物かというと、勿論聖書ですね。使徒を処刑したり、投獄したりしたので、天使が現れて打ち据え、生きながら蛆虫に食われて無残な死をとげた・・とかいう記述もあるそうです。
 叔父さんと従姉妹は洗礼者ヨハネの首で有名になり、彼は、ヤコブを殺し、ペテロを捕らえた(天使が迎えに来て脱獄しますが)ことで名を残しています。
 衣裳は、勿論ローマ風です。ユダヤの風俗は、古来偶像を描かなかったために、絵画資料がなく不明なのですが、もともとギリシャ風だったようで、紀元以降は一般的にはローマ風になったようです。
2010-07-16
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