安閑天皇と宣化天皇

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 安閑天皇(勾大兄皇子)と宣化天皇(檜隈高田皇子)の兄弟は、継体天皇の国元の妻であった目子媛の子供たちです。
 父の継体が天皇になるために手白香皇女と結婚しましたが、息子達もこの皇女の妹たちとそれぞれ結婚をして、父の後をついだ・・ということになっています。
 継体の死後、2人はすんなり皇位を継承したのではなく、手白香皇女の子供である欽明天皇と、この2人の兄弟の間に対立があり、2つの王朝があったというような説や、この2人は暗殺されたんではないか・・とまで言われるような話までありますが、大和の王家に姫君たちは、この地方から来た傍系皇族と「集団結婚」して皇統を守った・・ということなのでしょうかね。
 対立があったかどうかは別として、この姉妹との子供たちの系譜に後の皇統を伝える欽明がおり、宣化の娘の石姫がおり、その息子に敏達(勿論正妃は推古女帝)。敏達の孫娘に宝皇女、すなわち斉明女帝までつながります。
 兄弟の年齢は、書記の記載を信じると、兄が即位した時には66歳と65歳ですが、父の継体天皇の年齢の異説には20年の差があるので、若めにしてみました。 
2010-05-30
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