ハワード・カーター

ハワードカーター

 いまやエジプトといえば、まずツタンカーメンというほど有名な王様です。「王家の谷」という言葉も、ポピュラーですよね。
 勿論、ヨーロッパ人の「エジプト好き」は、古代ローマの時代からありましたが、近世においては、ナポレオンのエジプト遠征にはじまり、ルーブル初代館長のドノンさんや、シャンポリオンなどの「スター」はいますが、やはり決定打は、ツタンカーメンを掘り当てた(というのはあまり好きな言葉ではないのですが)この人でしょう。
 ハワード・カーターの、苦難の発掘ドラマは、マンガや本にもなっているので有名ですが、彼の名は、発掘成果以上に、「ファラオの呪い」ということでも、スポンサーのカーナボン卿とともに世に広まっています。
 しかし、小学生向けのミステリにもなっているこの呪い騒ぎは、色々検証されていて、実際に死んだのは、発掘の翌年に病死した(以前から病身であった)カーナボン卿だけだそうです。
 ハワード・カーター自身は、呪いとは関係なく、この発掘の後も二十年近くも研究を続けていたのですから、やはり作られた伝説でしょう。
 今は、壁画の損傷のほうで話題になっている「高松塚」も発掘当初、週刊誌で「呪い」がささやかれたこともあるのですから。
 カーターはもともと絵描きで、発掘現場の図面を描くために雇われた人だったんですよね。そういえば、ドノンさんも絵描きだし、ローマ市内の遺跡の発掘は、教皇庁の命令でラファエロがやっていたんです。
 いかにもイージーですが、黄金の仮面を背景に、カーターさんです。写真では、手には本をもっているのですが、使いふるしたスケッチブックなどだと面白いなと、少し大型にしてみました。 
2010-05-19
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