女帝ゾエとテオドラ

女帝ゾエ

  モザイクといえば、ビザンチン! というのが自然な流れなのですが、ビザンツ帝国(東ローマ)はなかなかに複雑な継承をしています。
 11世紀初頭、マケドニア朝のコンスタンティノス8世は、病に倒れて後継者選びが切迫し、重臣を娘のゾエと強引に結婚させることで帝位を安泰にしようとしました。60歳をすぎた花婿に(当然妻がいましたが、策略を用いて離婚させ)、50歳の皇女が花嫁です!この人がロマノス3世として即位しました。
 この皇帝は、風呂で急死するという事態になり、皇后ゾエは、皇位安泰のために、またしても再婚することになります。名門のお姫様は大変だなあ・・と思うのは早計で、今度の花婿は、ゾエより30歳以上も年下の24歳の美貌の若者。即位してミカエル4世と呼ばれますが、実は、ロマノス3世時代にすでに皇后ゾエの愛人だったとか。
 しかし、彼は顔だけの男ではなくて、野心に燃えて皇女に近づいて、目的を果たしたのですから、不要になった妻を幽閉するという暴挙に出たのは若さのせいでしょうか。皇帝としては有能だったそうですが、32歳で、病気のために、自分の従兄弟(甥?)を後継者指名をして修道院に入り、その日に死んだとは・・なんだかできすぎな気もします・・。その新帝がヨハネス5世。背後に二人の伯父にあたる宦官がいるのが陰謀くさい・・?
 ヨハネス5世は、皇室と何の血縁も姻戚もないので、幽閉されていたゾエ(すでに皇太后ですね)を始末しようとするのですが、ゾエは民衆の支持を得ていたので、反乱が起こり、逆に彼が捕らえられて目を潰されて追放されたとか・・。
 かくして、皇女ゾエ復活! 彼女は再々婚をせずに、自ら国を治める決意をします。そして血の絆を固めるためか、17歳年下の妹テオドラと共同統治します。ここに2人の女帝が並んだのですね。
 ゾエは、もはや64歳という年齢でしたが、彼女はとてもその年齢には見えず美しかったそうです。
 しかし、美人姉妹?女帝の時代は、二人の不仲で、たった2ケ月しかもたなかったとか。やれやれ。
 結局、ゾエはまたしても「いい男」を物色することになり、42歳の元老院議員と結婚し、コンスタンティノス9世として即位させます。このカップルがアヤ・ソフィア大聖堂に肖像画が残るのですが、皇后ゾエはとても60代半ばには見えずかわいらしい姿に描かれています。
 13年後にあいついでこの夫婦が亡くなった後は、再びテオドラが女帝となりますが、彼女には夫も子供もいなかったため、マケドニア朝最後の皇帝となりました。
 姉妹女帝を若作りで描いてみました。向かって左がゾエ。肖像画では眉毛がつながっているように見えます。
2010-02-18
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