和気広虫

和気広虫

 和気清麻呂を出さずに、その姉さんを出すのは、かの有名な神託を受けに行くのは、もともと和気広虫の仕事だったからです。
 広虫は、孝謙女帝に仕える女官。女帝より干支一回り年下の彼女は、女帝が病平癒のために出家した時、彼女もいっしょに出家して法均と名乗りました。すでに未亡人であったし、出家した女主人のそばで尼僧になるのは都合よかったかもしれません。
 で、女帝が病を治してくれた僧侶道鏡を信頼し、彼を権力者にしたために、宇佐八幡宮から出た「道鏡を皇位に」という神託の真偽をただす勅旨に選ばれたのが法均尼・・つまり和気広虫だったのですね。
 彼女は、病を理由にこの使命を弟の清麻呂に代行させたのです。
 結局、清麻呂は「先の神託はウソだった」という新たな神託を持ち帰って、女帝を激怒させることになり、清麻呂を穢麻呂、広虫を狭虫と改名させて流罪にしました。
 この事件については、藤原氏陰謀説、女帝自作陰謀説など、いろいろあって、結局、道鏡が皇位につくということがなく、皇統は守られたとして、清麻呂は後世に英雄扱いされましたが、果たして真相は・・? 
 広虫が女帝の側近であり、代理が実弟であったということから・・なにやら、女帝近辺の事情かもしれませんね。
 奈良時代の尼僧がどのような姿をしていたかよくわからないのですが、僧侶が男なのにスカート(裳)をはいているなどといわれていましたから、女性だとやはり裳はつけているだろうな・・と考えると、高松塚風の長い衣裳に袈裟をかけた・・という感じではなかったのでしょうか? 
2010-02-05
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