テレンティウス

テレンティウス

 ローマ喜劇の本をよみまして、プラウトゥスとテレンティウスという劇作家が、日本ではあまり知られていない、ということを、知りました。
 しかし、この本を読む以前から、この名前が私の頭の中にはインプットされていて、それがローマ時代の劇作家であるということも、すでに知識として持っていました。いえいえ決して、知識を自慢しているのではありませんよ。西洋文学史の勉強などあまりしたことがないのに、何故かなあ・・・という疑問がわきあがってきたのですね。
 で、ハタと思い出したのは、一昔前のレスリー・ニールセンの裸シリーズ! 
 そうそう・・このあまり上品とは思えないコメディです。このシリーズは、色んなパロディをやっていて、まあ、品のないギャグを満載した映画ですが、これの「裸のローマ帝国2000と2分の1年前」という「イタリア映画」がとっても面白かった。いえ、これは、本当に古代ローマ好きにはおすすめのパロディ映画です。
 以前紹介した、小森谷慶子先生の「古代ローマ散歩」の改訂版にも、今回登場しています。
 で、この映画の中で、劇場のシーンで、この作家の名前が出てきます。
 「退屈で大仰な格調高いギリシャ悲劇より、プラウトゥスやテレンティウスのほうがよほどいい」というセリフがあるのです。
 それほど西洋人の間では有名なこの作家も、紀元前の人で、カエサルより古い時代なのです。
 プラウトゥスがシェークスピアに影響を与えたよいうことですが、テレンティウスの生涯は、伝説化されています。
 カルタゴの奴隷市場で売られていたベルベル人の少年を、ローマの元老院議員が買って、その才知に感心して教育を施します。この、異国の文学少年は、エキゾチックな容姿の魅力と才能で若い貴族達(小スキピオがいた)のサロンの寵児となります。
 さらに、向学心に燃え、ギリシャに赴き、研鑽を積み、新作をいくつか完成させて、帰国の途につく途中、船の事故で、作品を失い、失意のうちに25歳の若さで死んでしまった・・・というドラマまで生まれました。
 しかし、アフリカ人ではなかったとか、年齢も35歳だったとか、研究者によるとこの文学サロンも存在しなかったそうですし、彼自身が存在しなくて、誰か名門貴族の偽名だったという説もあるそうですが、伝説は、ロマンがあるほうがいいでしょう。
 異国風のローマ人・・というイメージで。
2010-01-17
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