メアリー・シェリー

シェリー妻

 フランス革命の時代において、女性の自立と独立を目指したフェミニストの母と、牧師くずれの無政府主義者の父との間に、ロンドンで生まれた娘がメアリーです。
 彼女は、結婚を否定していた両親が、生まれてくる彼女のために、あえて結婚して生んだ娘ですが、母は出産直後に死に、再婚した父のもとで、異母や、異父の姉妹などもいる複雑な家庭環境の下に育ちます。
 その彼女が、16歳の時、父の元に出入りしていたパーシー・ビッシュ・シェリーと熱烈な恋に落ちます。
 この詩人は、いささか常識とはかけ離れた人物で、自分の身重の妻に「とても気に入った女性が出来たので、3人で楽しくやろう」なんて言い出す。こんな話、通ると思っていたのでしょうか? 案の定、妻は怒り心頭、メアリーの父親も激怒。
 そして2人は、駆け落ちするのですが、そのとき、メアリーの妹クレア(父の再婚相手の娘)がついてくる・・・これも不可解・・。
 で、彼らが駆け落ちして行ったフランスで、これまた非常識極まりない「芸術的な」生活を送っていたバイロン卿と出会う。
 そして、有名なディオダディ荘で、いかがわしくも妖しい5人の男女が集まるのです。
 この会合については、いろんなところで、いろんなことが書かれているので、やめますが、メアリーは、ここでフランケンシュタインの構想を得たとはあまりに有名な話です。
 彼らが放浪しているうちに、パーシー・B・シェリーの妻が自殺し、メアリーは、正式にシェリー夫人となりました。この頃から「フランケンシュタイン」をまとめ、匿名で出版します。
 しかし、夫婦は(というより夫は)落ち着かず、イタリアに赴き、各地を彷徨う間、次々と子供を産み、次々と亡くすという生活を送り、4年ほどの放浪の後、夫がヨットの海難事故で死亡。
 未亡人になったメアリは、まだ25歳で、手元にはたった一人生き残った子供であるパーシーがいるだけ。夫ともバイロン卿とも、関係を持っていたかもしれない妹のクレアとは別れて、息子を連れてロンドンに戻ることになります。
 以後、彼女は、新たな求婚にも応ぜず、自分で文筆や出版などの仕事をして、1人息子をケンブリッジ大学にまで進学させます。
 名家であった実家からは勘当同然の扱いをうけていた亡夫ですが、義父の死によって、彼女の息子がシェリー家の当主となって爵位も財産も相続することができたというのは、父が逸脱した伝統の男社会に復帰したのです。
 彼女自身は、作家として一家をなしたのだから、母としても、一人の文筆者としても成功者といえましょう。
 肖像画は面長で額の広い、髪をきっちり別けたおだやかな中年・・という感じですが、映画のイメージを加えて、若い頃の雰囲気を想像してみました。
2009-10-25
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