パウロ三木

パウロ三木

 日本二十六聖人は、豊臣秀吉の時代に、長崎にて殉教した宣教師と日本人キリシタンたちです。
 19世紀になって列聖され、1981年には教皇ヨハネス・パウロ2世自らが殉教の地を訪れて祈りを捧げられました。
 その26人のうち、日本人は20人ですが、処刑の間際まで説教をしていたということで、パウロ三木はよく知られているのではないでしょうか。聖人パウロ三木を守護聖人としているカトリックの教会もいくつかあるようです。
 摂津生まれ説もあり、安土のセミナリオの第一期生であることなどから、高山右近との関連で、北摂の出身かもしれません。父親の三木半太夫もキリシタンで、三好氏配下から信長のもとに入ったようで、後に秀吉に従って島津攻撃に加わって戦死したようです。
 ただ、この三木半太夫は四国の出身であり、鉄砲家として活躍して、子孫は高松藩で砲術師範をしていた家柄ではないか・・などというのを聞くにつけ、信長に仕えたキリシタンの砲術家・・・いかにもありそうで興味深いですね。 
 で、息子のパウロ三木の肖像といえば、有名な長崎の二十六聖人の彫像のように洋装の司祭服を着ている姿と、十字架に架けられている和服姿、中にはザビエルの絵か?と思うほど、顔まで洋化されヒゲをはやした神父さん姿や、裃を着けたお侍姿の絵などあります。
 殉教聖人の彫刻の典型なのか、十字架と槍(槍で殺されましたから)をかついだドラマチックなスタイルの彫像もあります。
 日本人修道士が、どのような姿をしていたのかはよくわかりませんが、ごく普通であったのではなかろうかと・・・。
2009-10-17
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