小西行長

小西行長

 キリシタン大名というなら、やっぱりこの人も出さねばならんかなあ・・と、小西行長です。
 大阪の堺の商家の生まれで、武士になり、大名までなった・・ということですから、やはりいかにも戦国時代らしい人物ですよねえ。豊臣秀吉とは12歳の頃からの知り合い(つまりは中学生の時に18歳も年上のおっちゃんを知っていた)だったとも言われますが、実際に仕えたのは20代半ばです。
 洗礼名はオゴスティノ(って、アウグスティヌスですよ!)で、母親がマグダレーナ(ひえ~!)、奥さんもジュスタ、娘はマリアといったからには、家中揃ってキリシタンだったんですよね。
 で、加藤清正とは犬猿の仲・・それが、領地も隣同志だし、一緒に海外派兵(慶長の役)させられる・・なんて、秀吉に意地悪されていたのか・・?
 というのも、先の文禄の役で、彼は明との間に和解をし(この時、明から都督の称号をもらったとか―都督といえば、三国呉の周瑜を思い出しますが、行長も水軍なんだから、なんか似合いますが)、秀吉を明の臣下にしたというので、お怒りをかった。
 そんな彼ですが石田三成とは気が合い、結局、関が原では一緒に処刑されるはめになる。「自害を禁じる宗旨ゆえ」切腹ができないので捕らえられたのですね。
 その死は、遠くローマにまで伝えられ、教皇も彼のために祈りを捧げた・・といわれていますが、まあ、伝説は壮大なほうがいいかも。
 祈りを捧げる武将・・のイメージで・・・。
2009-10-15
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