荒木村重

荒木村重

  吹田村氏を出し、だし殿を出したら、やっぱり、この方も出なくては・・と、御大の荒木村重です。
 この方は、明智光秀に先駆けて、織田信長に叛逆したということですが、何故に叛逆したのでしょうねえ。
 明智光秀にそそのかされた(村重の息子の嫁は光秀の娘)・・という説もある一方で、本願寺と通じていた・・あるいは家臣が勝手に本願寺に食料を送っていたのがバレて、信長の怒りを恐れて、やむなく叛逆したとか言われています。
 もともとは池田の人ですから、地元の下級武士から成り上がって一国一城の主にまでなったのです。一応は、戦国時代の出世頭でもあったので、信長の天下統一を信じていなくて、本願寺や毛利と二股も三股もかけていのたかもしれませんが・・。
 村重の反乱に対しては、信長の徹底ぶりは、彼の家臣や一族に対するすさまじい復讐を見てもわかりますが、本気で怒っていたのでしょう。それに対して、村重は、ある意味裏切った高山右近の父親や息子などを殺すこともなく、たった一人で逃亡して、ナリを潜めていたことからしても、やや気弱な感じがします。
 信長の没後も、秀吉の取立てで茶人となって生き延びたのですが、それ以上になにをしようともしていません。気力も野心もつぶれてしまったのかも。それほど、信長の復讐がすさまじく、心が折れてしまったということでしょうか。
 村重の絵といえば、国芳の描いた、饅頭を食う直前(信長から抜き身の太刀の先に貫き通した饅頭を食えと言われて、そのままむしゃむしゃ食って気に入られた)のふてぶてしい髭男が、いつも出てきますが、若い頃の豪胆さというのもスタイルであっただけで、実は繊細だったかもしれませんね。
 茶人になった後のイメージで描いてみました。
2009-10-02
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

乱読F

Author:乱読F
歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

アルバム
最新記事
検索フォーム
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
カウンター
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる