だし殿

だしどの

  織田信長の残虐さを表わすのに、比叡山焼き討ちなどが引き合いに出されますが、六条河原で処刑された彼女の死が、一番、同時代から同情をさそったのでしょう、色々な記録に記されています。
 「だし」という呼び名でしか記録に残っていないこの女性は反逆者荒木村重の妻です。刑死した時の年齢は21才。
 信長に叛逆した荒木村重は、家臣や子供、女性などを有岡城に残して脱出しますが、城が落ちたあと、みせしめのために殺された一族の筆頭は、吹田村氏ですが、そのあとに、村重の娘や幼い子供たち、若い妻のだしが処刑されます。
 処刑の折には、映画やテレビであるように白装束ではなくて、彼女達は白い経帷子の上にあでやかな小袖を着て、身分のある女性として着飾っていたと「信長公記」には記されています。
 特にだしは、美貌の誉れが高く、注目が集まっていたので、凛としてとり乱すことなく、髪を高々と結い上げて帯を締めなおして刃を受けたということです。
 髪を結い上げる・・というのは、身分の高い女性は、普通下げ髪でしたので、首を打たせるためにわざわざ結い上げたものかと思われます。
 「だし」という名前がクリスチャンネームであったとする説もありますが、荒木村重の有岡城にはルイス・フロイスも訪れているし、高山右近とも親しかったので、ありうることでもありますが、彼女の産んだ子供が、本願寺に匿われて育った岩佐又兵衛だとすれば、ちがうかもしれませんが・・。
 遠藤周作の小説「反逆」では、だしは、信長の義理の娘(母が信長の愛人になった)という設定で、政略によって親子ほど年の違う荒木村重にあてがわれた・・ということになっていて、信長の冷酷さをより強調する形になっています。 
2009-09-30
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