吹田村氏

吹田村氏

 大阪府の吹田市は、千里ニュータウンとか千里万博とかに比べてもなんだかマイナーですね。「北摂マダム」なんて言葉も似合わんし。
 で、戦国時代にも吹田はマイナーでしたが、一応、吹田城なるお城があって、意外と歴史は古く建武年間(1334年頃)にも遡るらしい。
 しかし大永頃に、吹田氏の当主(15歳の美少年だったそうです)が討ち死にしてから本家は滅亡しましたが、文字通りの吹田氏最後の当主は吹田村氏(すいたむらうじ)です。
 そして、この吹田村氏の滅亡後、吹田城も滅んだようです(というのも、未だに城跡も発見されず、位置も諸説あって定かではないからですが)。
 では、吹田村氏は誰に滅ぼされたか・・。
 それは、もう知らぬ人とてない織田信長ですね。しかも京都の六条河原で、一族もろとも処刑されました。時に20歳。
 なんで、マイナーな吹田城主が、そんなに織田のシニョーレの怒りをかったのか・・。
 実は彼は、北摂大反逆者荒木村重の異母弟だったのです。
 吹田氏の女性を妻として入り婿していたのですが、荒木村重の反乱の時には有岡城(伊丹)に入ってて、責任者の村重がトンヅラしたあと、怒り心頭の信長に捕らえられたのですね。
 摂津一円に勢力を持っていた村重は、逃亡後も、尼崎や花隈(神戸です)の城を次々と落とされ、結局毛利方に逃げ込んで生き延びたのですが、残された彼の一族や妻子、臣下たちは、女性も子供も殺しつくされました。
 この反乱は、苦悩するキリシタン高山右近や、オルガンティーノ、とらわれの軍師黒田官兵衛、そして石山本願寺・・興味深いネタが満載なのですね。
2009-09-29
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