シクストゥス5世

シクストゥス

  オベリスクといえば、勿論、発祥はエジプトで、もともと太陽神の象徴です。
 天辺の三角錐のところに金属板が張ってあって、太陽を受けてキラキラと輝いたそうです。
 で、一つの町の中で一番オベリスクが多いのはどこか・・という話題はあちこちで目にしますが、勿論ローマですね。
 ローマ皇帝たちが集めまくって、現在でも13本のオベリスクが立っているそうで、これがカッコいいので?ナポレオンもパリにオベリスクを立て、アメリカのワシントンにも巨大なのが立っています(高野山の奥の院でも見たことがあるような気がする・・)。
 しかし、もともとは異教(エジプトですから)のシンボルだったオベリスクが、何故カトリックの本場にあるのか・・というと、ある教皇が「いかに異教の遺物とはいえ、頭の天辺に十字架をぶったっててしまえば、立派なキリスト教の記念碑だ」と言ったかどうかわかりませんが、サンピエトロ広場の真ん中にオベリスクを立て、ローマ中のオベリスクに十字架を立てて歩きました。
 オベリスクは単なる柱ですからいいですが、明らかに個人顕彰と皇帝崇拝の印である記念柱(トラヤヌスとマルクスアウレリウスの立派なのがありますね)は、どうするか・・。
 これは、もうその柱の天辺に、ペテロさん本人?をのっけて、巨大な台座にしてしまったのですね。
 そうです、あれらのオベリスクや記念柱は「改宗」して、聖ペテロの教会への道しるべとなったのです(後の時代のもあるけれど、ローマ中のオベリスクを地図の上に落としていく、というのをやりたくなった・・)。
 こういう「改装」をやったのが、シクストゥス5世(シスト5世)。肉屋の息子でしたが、度胸も根性もあり、芝居気もたっぷり、行動力も抜群なら、冷徹な合理精神も持ち合わせていたようで、教皇になるについても、コンクラーベでの面白い伝説も残っています。杖をついてヨボヨボの老体を装い、「この人なら、早く次のコンクラーベがあるだろう」ってことで、選ばれてしまったのですが、選ばれた瞬間「よっしゃあっ!」って、持っていた杖を放り投げたところが、力がありあまって、礼拝堂の天井にまでぶつかったとか・・(超特大イホームラン!ですがな・・)。
 この人の即位式に天正の少年使節は立ち会いました。
 我こそはローマを見たり!と言いえた荘厳な雰囲気だったのでしょうね。 
2009-08-18
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