小栗判官

小栗判官

 スーパー歌舞伎になったり、宝塚でやったりと、今でも時々復活するのが小栗判官物語です。
 私は一時、藤原達也と小栗旬がごっちゃになって(なんでやねん! 全然違うやんか!とお怒りもごもっとも)、何でかなあ・・と思っていたところが、どうやら頭の中で、小栗判官と「しんとく丸」が混ざっていたのですね(藤原達也の芝居は「身毒丸」ですが、正しくは「俊徳丸」だと思います・・)。
 これらのモトネタは同じような話で、悪人にはかられて、全身が膿爛れ、歩行も困難になった病人が、献身的な女性の愛情と熊野詣での功徳で蘇るというものです。
 さて、小栗判官は、鬼鹿毛のところでも書きましたが、常陸の国の豪族の娘照手姫と仲良くなったために、怒った姫の兄弟に毒を飲まされます。
 猛毒が身体にまわると、歩けないばかりでなく、目も見えず、口もきけず、耳も聞こえない哀れな病人となった小栗判官は、さる高僧のはからいで、車に乗せて紐をつけ「一引きで千僧の功徳、二引きで万僧の功徳」と書いた札を立てて、大勢の衆生の協力で順送りに熊野詣でをさせるという餓鬼阿弥車に仕立てられます(説経節ではエグくて、殺された小栗判官は、閻魔さまに蘇らせてもらえますが、土葬にされて1年の死体に蘇ってしまい、見るも無残なゾンビ姿で車にのって旅をすることになっています)。
 こうして人々の協力で旅をして熊野に向かう(彼が通った道筋がいわゆる小栗街道ですね)のですが、その途中で、親兄弟に捨てられ、女郎屋に売られていた照手姫に出会い、姫が献身的な努力で車を引いて熊野に至り、温泉につかると、あ~ら不思議、もとの身体に戻って、すっかり復活。
 その後は、勿論姫を助け出し(身請けして)、中世の「正義」である、自分をヒドイ目に合わせた連中に仕返しをして、天皇からその領地を賜って幸せに暮らしましたとさ・・。
 地方の伝説では、本名小栗助重という武士ですが、説経節では小栗判官は藤原清正という名で、大納言家の出身となっていますが、まあ、これは出自を京都の公家にするための方便で、本来は「小栗さん」でしょう。オグリキャップの馬主さんは小栗判官の末裔だ・・ということをどこかで聞いた事があるのですが本当かな? 
2009-07-06
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