斉明女帝

斉明女帝

 またしてもイメージの飛躍です。近代の女王あるいは皇后といえば、こんなふうではないのかと、古代の女帝に洋装して頂きました。
 斉明天皇は、言うまでもなく中大兄、大海人の母であり、舒明天皇の皇后であった人です。一度目の即位は皇極天皇(第35代)と呼ばれ、二度目に即位して斉明天皇(37代)と、便宜上呼ばれていますが、本名は宝女王です。王(おおきみ)と呼ばれるのは、彼女が天皇の娘ではなく、天皇の孫娘だからですが、中大兄皇子の父である舒明天皇とは再婚で、先夫との間にも子供がいました(このあたりで、不仲であった?中大兄、大海人異父兄弟説も生まれるのですが・・)。
 日本書記によれば、二度も即位して、大土木工事をして人民を苦しめ、名目上とはいえ、軍を率いて九州まで出陣した天皇。
 虚構の中では、権勢を振るった蘇我入鹿は、この人の愛人であったとまで言われたりしているのですから、日本の女帝としては、実は、とってもドラマチックなんじゃあないでしょうか? 
 邪魔で無能な夫を排除した・・・とは思えませんが、エカテリーナ女帝にも匹敵?するゴージャスな女帝ではありませんか。
 そしてその死についても、朝倉の宮で「妖異」があった・・これも、屋根の上からあやかしが覗いたという北斉の孝昭帝(北斉のカリギュラ文宣帝の弟)の死に様にも少し似ています。
 息子の中大兄が、あまりにも「陰謀家」めいたイメージがあるので、操られていた老母だなんて思われがちですが、本当に単なる「なかつぎ」なのか・・・意外と女傑だったのでは・・などと妄想してみました。
 ちなみに同時代には新羅には善徳女王、真徳女王がおり、中国唯一の女帝武則天が皇后になったのが、斉明天皇として二度目に即位した年です。
2009-04-25
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