ミトリダテス

ミトリダ

 ミトリダテスという名前は、ミトラス神にちなむ名前で、オリエントの一般的な名前であったようですが、クレオパトラといえば7世が一番有名なように、ミトリダテスといえばポントス王国の大王ミトリダテス・エウパトル(ミトリダテス6世)が一番有名ですね。
 ペルシャの属国から独立した黒海南岸のポントス王国の王ですが、領土的野心が旺盛で、黒海周辺に版図を広げ、斜陽のギリシャの思惑もあって、西の大国ローマと敵対することになります。
 そして、3度にわたってローマと戦火を交え、ミトリダテス戦争と呼ばれていますが(この戦争の間に、ローマでは、スッラやマリウスの政争でごたごたします)、最終的には、ローマの将軍ポンペイウスに破れて背走。再起をもくろむも、身内とのゴタゴタで敗北して、死にました。
 で、この東方の不運の王が何故有名かというと、古代における毒薬研究の大権威であったからです。陰謀渦巻く古代の王室では、当然、毒による暗殺も頻繁にあったのでしょう、王族はこぞってこのような研究をしたようですが、彼はオリエントの高名な学者や研究者を招聘し、研究・実験を重ね、ついに自らが第一人者となったというのですね(結局、また毒薬つながりですね)。
 彼の研究の解毒処理法を書いた資料がポンペイウスによってローマに持ち帰られ、ローマの医学者たちに研究・改良されて、中世にまで続く解毒剤処方の基本となったそうです。
 しかしながら、解毒法にも長けていた彼は、自分自身でも毒薬に身体を慣らし、少々の毒では死なない身体になっていたので、敗北をして落城の際、いくら毒を飲んでも、いたずらに苦しむばかりでなかなか死ねなかったので、近習に命じて殺してもらったという皮肉な最後だったそうです。
 ライオンの皮を被ったヘラクレスの姿?をしたアレクサンダーのような彫像がありますし、長い髪をなびかせる若々しい横顔のコインの像もありますが、ギリシャの哲学者のような髭を生やした風貌に東方風の衣裳を着せてみました。
2009-03-17
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