エグジリ

エグジリ

 古来、権力者は常に毒殺をおそれ、故に「お毒見」なるものがありました。
 古くはアッシリアの女王セミラミスが夫を毒殺したといわれています。古代はギリシャでは有名なのはソクラテスが毒殺による「死刑」になりました。ヘレニズム世界を拡大したアレクサンドロスも勿論毒殺のうわさはありますし、クレオパトラは言うまでもありません。
 ルネッサンスの頃には御大ボルジア家が控えていますが、薬屋であったメディチ家が毒薬使いの専門家であったのは当然かもしれません。それにしても、なんでもありのローマ帝国の子孫であるイタリアが、そういう方面にも長けていたのは間違いないでしょう。
 フランスは太陽王ルイ14世の時代に、毒をめぐる大事件がおこりました。名高いブーランブリエ侯爵夫人のスキャンダラスな事件です。美貌で浮気な彼女が愛人とともに多くの人々を毒で殺して廻ったのですが、その愛人サント・クロワに毒薬の調合法を伝授したのが伝説の毒薬使いエグジリです。
 素行のよろしくないサント・クロワは、バスティーユにブチ込まれた時、そこに収監されていたエグジリと知り合いになり、秘法を教えられた・・というものです。
 アントーニオ・エグジリは、本国イタリア!で、インノケンティウス十世(枢機卿マザランとあまり仲良しではなかったとか)の時代に、150人以上を毒殺したというプロの毒殺屋で、スウェーデン(クリスティーナ女王の時代)とも関係があったようですが、フランスでは不穏人物として拘束されていたのです。
 以後、イギリスに渡ったとか、イタリアに帰ったとか、40年近くも諸国で「活躍」していたようなので、物騒な話ですね。
 果たしてどのような風貌であったのか・・・イメージは、やはりマッドサイエンティスト風ではないか・・と。
2009-03-11
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