案如宝

如法

 天平時代の律宗の僧侶
 孝謙天皇に命じられて戒壇の設立に尽力し、下野の国にまで戒壇設立のために赴いています。
 鑑真和尚の死後、唐招提寺で伽藍の造営などに携わり、平安時代になってから亡くなったということですが、晩年には空海とも交流があったということです。
 731年から815年まで活動していますのでかなりの長命であったと思われますが、勿論、日本生まれの方ではありません。
 安という姓は、安禄山などと同じく、漢人ではなく西方の胡人で、ソグド人であった可能性が高いようです。
 「シルクロード文化を支えたソグド人」(菅谷文則)を読んでおりまして、ソグド人は、同族同志での婚姻が多く、かなり西方的な風貌が保たれていたと書かれてありました。
 菅谷氏によると、当麻寺の四天王像でイメージされているようなので、当麻寺の増長天で想像してみました。勿論剃髪はしていたでしょうが、四天王は長髪ですし、髪があったほうが異国風なので生やしてみましたが。髭の感じなどは、興福寺の畢婆迦羅(ひばから)にも似ています。 
2009-01-15
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