孫皓

孫こう

 滅亡王朝最後の皇帝は、残虐か暗愚と決まっているようです。勿論、それは、勝者が歴史を記録するから、自らが滅ぼした相手をほめるわけはありませんが、まあ、史書を読んだ人誰もが、こんな君主ならば滅んでも仕方がない・・という納得をさせる仕組みかもしれません。
 呉王朝最後の皇帝孫皓(そんこう)も、まるでカリギュラのような好色・残虐の暴君とされています。
 育ちもカリギュラに似て不幸で、父親は孫魯班のところで述べた二宮の変の犠牲になった廃太子孫和で、父が殺されてから、いつ抹殺されるかという不穏な空気の中で気丈な母とともに息を詰めて暮らしていましたが、宮廷の陰謀や暗殺などが繰り返される中で、叔父の孫休(孫権の六男)が即位した時に、ようやく役職を与えられるという待遇になりました。
 孫休の若死によって23歳の時に、帝位が転がり込んできましたが、彼を担ぎ出した廷臣たちは、誰も彼も、自分の権力のことしか考えない連中であったかもしれませんが、苦労人の孫皓は、うまくネコをかぶっていたんでしょう(しかし、不運のうちに横死した父に対しては、異常なほどの追慕をしています)。
 やがて、「暗君」の教科書のように豪華な建築や、後宮を大きくする、諫臣を処罰し、残虐な刑罰などで名を馳せ、ついにはあちこちからほころびが出てきて、天下統一を目指す晋の前に、魏・蜀・呉三国の中で最後まで残った呉も滅亡します。
 棺桶をかついで、死衣を着て降伏した彼は許されて、「暴君であったのに」安楽な生活を送ったので、非難もされています。
2008-09-02
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