東魏の菩薩

とうぎのぼさつ

 「奈良の仏像めぐり」以来、ほとけさまづいています。
 北魏が分裂して東魏と西魏になり、それが北斉と北周になり、北周からが出て、になる(というだけで、めんどうくさくて、世界史の時間にはあまり印象にない)のですが、日本の仏教美術の黎明期には、これら北朝の仏像の影響をうけています。
 北魏の仏像は、ややいかめしく固いのですが、東魏、北斉の仏像は、とても美貌の仏様が多いのです。
 東魏を分裂させたのは高歓であり、北斉をたてたのは、高歓の息子である文宣帝ですし、北斉の王室ときたら悲劇の蘭陵王の物語もありますが、美貌と嗜虐の一族で、そのような時代に美しい仏像・・・(もしかしたら、彼らの容貌もこれらの仏像に近いのかも、と不謹慎ながら楽しいですねえ)。
 東魏も北斉も都を鄴 (ぎょう)(曹操を思い出だしますね~)におきました。
 ところで、この時代の仏像としては、青州(これまた曹操を思い出します)の出土の菩薩像が有名で、青年貴族のような面立ちの、眼と口元にアルカイックスマイルを浮かべた、飛鳥大仏にも通じる仏様・・といわれている立像があります。
 両手が損傷しているので、どのような姿をしていたかわかりませんが、同じような衣裳をつけた北斉の菩薩像(こちらのほうが、より美しいお方ですが)を参考にして手をつけ、色をつけてみました。
2008-07-17
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