橘大郎女

橘郎女
 
 聖徳太子をめぐる人々シリーズ?ちょっと、しつこいでしょうか。
 聖徳太子の妃橘大郎女(たちばなおおいらつめ)は、尾張皇子という皇族の娘で、推古天皇の孫にあたります。
 最初は、推古天皇の娘である菟道貝蛸皇女(うじのかいたこのひめみこ)というシーフードのような名前のお姫様が妃でしたが、彼女が早死にしたかで、後添えに入ったのだと思われます。
 本来ならば、即位すれば皇后の立場の人ですが、晩年には聖徳太子自身は、膳部夫人と暮らしていたようで、ほとんど同時に死んだ彼女と一緒に埋葬されています。
 そのような立場の正妻としては、夫の死後に派手な記念事業をやろう・・というわけでもないでしょうが、おばあさん!の推古天皇に願い出て、絵師に下絵を描かせ、大勢の采女とともに自ら針をとって刺繍した天寿国繍帳を作ったと言われています。
 今は断片しか残っておらず、しかも何度も修理されているので、原型を探るのは難しいのですが、もとは長大なものであったそうです。以前、テレビでCG復元をした番組を見ましたが、高御座の御帳台のように、すっぽりと四方をとりかこむいわば、一つの部屋ができるほど大きなものであったということでした。
 太子が生まれ変わっている世界を思い描くというにしては、一面ではなく、立体的な空間を作り出すもので、たとえば、安置してある死せる聖徳太子(のかわりとみなされるなにか?)をすっかり覆ってしまう、布でできた墓室のようなイメージでしょうか。
 その帳の中は死後の世界で、生きている人には入ってゆけない結界なのでしょう。薄い帳の向こうに立っている大郎女・・というイメージで描いてみました。
2008-07-10
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