アニェス・ソレル

アニエス・ソレル

 フランスの宮廷に「公式寵姫」という、お妾制度があったのは周知の事実ですが、モンテスパン侯爵の夫人や、ポンパドール夫人など、最後のデュ・バリー夫人まで、ナントカ夫人という女性達が、国王の寵愛を得て権力をふるったからこそ、華やかな宮廷が演出されたので、史上初の公式寵姫とされるのが、アニェス・ソレルです。
 彼女はシャルル7世の愛人となり、王妃も公認の立場となりましたが、28歳の時に出産後、急死しました。これが毒殺だというウワサがはびこり、その「犯人」として、シャルル7世と不仲だった王太子が浮かびましたが、実際のところはうやむやになったらしい。
 ところでディアーヌ・ド・ポワティエの旦那さん、プレゼ伯爵は、彼女の孫にあたるそうです。 
 聖母子の絵柄に「授乳の聖母」と呼ばれる、幼児キリストに乳を含ませる像がありますが、ジャン・フーケ描く「聖母子」が一番有名なのは、聖母のモデルが、アニェス・ソレルであると言われているからです。
 これらの絵のテーマが、ただ単に、母子の愛情あふれるワンシーンというのではなく、聖母の姿をかりて女性の胸を鑑賞するという意味合いがなきにしもあらず・・・であったらしく、後に禁止令が出ています。
 フーケの絵は、彼女の死後、その追善供養のために、時の財務長官が描かせそうですが、若くして産褥で(ということにされて?)死んだ寵姫の姿としては、授乳の聖母は、ふさわしい姿であったかもしれません。
 キリストを省略!して描いてみました。豪華な毛皮のマントに王冠を被り、額を高く剃り上げた流行のスタイルは、大工の妻マリアには見えませんね。
2008-05-31
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