小林永濯

小林永濯

 小林永濯(こばやしえいたく)は、江戸と明治の狭間に生きた画家です。
 天保14年(1843年)に、日本橋の魚問屋生まれで、絵の才能があったために、13歳の時に狩野永悳(かのうえいとく)に入門しました。彼の才能を認めた井伊直弼によって、伊井家の絵師として召抱えられましたが、桜田門外の変がおこり、伊井家が騒然となったことから、絵師どころではなくなったのか、自ら辞めたのか、伊井家を辞しています。
 おりしも幕末の混乱と、西洋文物の流入で、古来の画法だけではなく、西洋の絵画や写真などがどっと入ってきて、彼は西洋流の絵画というものにも興味を示しますが、技法重視というより、絵画の描き方そのものに西洋風な影響があるように思われます。
 明治18年まで担当していた「ちりめん本」の挿絵などには、ドラマチックな構図が多く、現代にも受け継がれている「御伽噺」の基本イメージを決定付けた画家であると思われます。
 去年日本に里帰りして展示(揺らぐ近代ー日本画と洋画のはざまに)されたボストン美術館所蔵の「道真天拝山祈祷の図」が今のところ、一番有名な絵でしょうか。肉筆画のみならず、彼の真骨頂は「ちりめん本」や神話画等、「物語絵」に発揮されていると思います。
 明治23年(1890年)になくなっていますが、肖像として、追善絵のような絵は、猫背でやせて髭ぼうぼうなのは、病がちであった彼の晩年の風貌を映したものでしょうか? 少々目つきを鋭くしてみました(・・・下柳投手ではありません・)。
 さらに詳しくは、私の無駄話日記にぼつぼつ語っています。
  
2008-02-02
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