有栖川宮熾仁親王

有栖川宮熾仁親王

 やっぱりこの人だとこれでしょうか。

♪宮さん 宮さん お馬の前でひらひらするのはなんじゃいな♪

 公武合体の政略のために、婚約者の皇女和宮を徳川に奪われ、倒幕の旗頭となり、徳川を討つために江戸に攻め上る・・なんてドラマチックな展開ですが、最後の将軍の徳川慶喜が和宮を奪ったのではないし、慶喜は、母親が有栖川家のお姫様なので、従兄弟同士。もともと、従兄弟の助命も頭の中においていたのかもしれません。
 明治になってから、慶喜の妹を妃に迎えています。
 明治初年の西方の反乱には常に総大将なので、ある意味、日本古来の「戦う皇子」(倭建命や、吉備津彦、久米皇子、大海人皇子などたくさんいます)を再現した人でしょうか。しかも、ヨーロッパやアメリカ、ロシアにまで歴訪していて、皇室外交のさきがけでもあるようで、行動派の貴人です。
 有名なお公家スタイルの写真がありますが、あれではなくて、中年になってからの軍人姿にしてみました。
2008-01-24
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