婆娑羅大名

ばさら

 バサラあるいは婆娑羅という言葉が、けっこうメジャーなのは、やはりゲームや漫画のせいでしょうか。
 この「バサラ」という言葉は、南北朝時代の頃に一時的にはびこった「流行」で、二条河原の落書できわまっているということでしょうねえ。
 「バサラ」で名を売っている大名が、茶会(後世のような、詫びさびのシブい要素はまだ微塵もない。闘茶などは、茶の産地を当てて賭けるという博打で、大騒ぎをし、酒も料理も盛りだくさんだし、芸人や、女性も呼んでの賑やかな茶会)をやるとなると、部屋は豪華なしつらえをして、飲酒、賭け事、なんでもこいの賑やかな宴会で、並外れたバカ騒ぎをする。
 そして、どこであれ、古からの権威や常識をあざ笑う、反骨精神。
 そういった事柄や、それをやる人たちを「婆娑羅」といいました。
 有名なのは佐々木道誉ですが、「太平記」の彼の宴会を述べたところには、室内の飾りつけは、国内外の名品や宝物を集め飾りたて、席は、外国の椅子・・つまり当時流行していた海外家具の曲録に、虎の皮や豹の皮を掛けたものを並べ、そこに、緞子金襴を纏った、派手やかないでたちの客が居並ぶ。
 勿論内装も、華やかな屏風や建具で飾り、柱には、わざわざ、派手な文様の錦を巻きつけたりして、思いっきり飾り付けたというから、その派手さ加減は、常気を逸していたのかもしれません。
 まさか、これほど、派手な直垂があったかどうかわかりませんが、能装束の雰囲気の衣装をまとう婆娑羅大名です。
 海外から輸入の「椅子」と「毛皮」が流行だった。おそらく、普通は髷を結って侍烏帽子をかぶっていたと思われますが、「出家あがり」もいたようなので、髪はバサっとばさら・・?
 時代的には、少し下がりますが、岩佐又兵衛の「浄瑠璃物語」の中に、でてくる、室内装飾が、派手な壁代やら、金襴の屏風、極彩色の布地を組み合わせて、柱に巻きつけて飾るといった、ちょっと過剰なほどの装飾的な室内が登場するので、背景に貼ってみました。
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