招き猫2

招き猫2

 住吉大社の初辰猫では、雌猫はないので、私の創作です。
 羽織の猫がいれば、着物の女性猫がいてもいいかなあと。
 偶数月なので、右手あげ。
2016-02-04
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招き猫1

招き猫1

 招き猫の由来は、井伊家の殿様に関するお話で、豪徳寺のものが有名ですし、また招き猫の置物に至っては、今戸焼きと常滑焼とか本家争いしている様にも思えますが、そういう薀蓄は「完全犯罪に猫は何匹必要か」(東川篤哉・光文社文庫)に、意外と面白く解説してるんですけどね。
 招き猫関連では、こっちも・・・。
 今日は招き猫でも、ちょっと造形の変わったもので大阪の住吉大社の初辰猫です。
 これは、商売繁盛の猫で、各月の初辰の日お参りして招き猫をもらい、これを48匹そろえる。
 初辰ははったつ・・つまり発達で、48匹の猫でしじゅうはったつということで始終発達だから、満願成就だそう。
 この猫は、神様の猫ですので、一般に知られている招き猫のように、よだれかけだけとか、首に鈴付リボンとかだけの猫ではなく、ちゃんと着物を着て、それも裃を着ていたり、紋付の羽織を着ていたりと正装しています。
 ということで、羽織を着た猫。偶数月の猫は右手を上げて、奇数月の猫は左揚げです。
2016-02-03

提灯小僧

提灯小僧

 雨のしとしと降る夜・・。
 寂しい夜道で、後ろから誰かがついてくる気配。
 振り返ると、ぼ~っと提灯の明かり。
 その位置が低いので、あれ?子供?・・と思っていると、その提灯の明かりは今度は前にいる・・。

 というのが、日本の妖怪提灯小僧です。
 顔色が赤いというのもありまして、持っている提灯も、わざわざ小田原提灯だとかいうのもあります。
 時代的には17,8世紀のもので、勿論、水木しげるの妖怪画にもありますが、とくに、なにかいわれがあるわけではないようです。

浪または石投女(いしなげんじょ)

浪(石投女)

 熊野の海は太平洋に面していて、荒波にさらされ、また海岸線には奇岩がたくさんあります。
 そのためか、遭難についても伝説が多くあり、串本から潮岬をまわったあたりで、日本のローレライとも言う、岩に腰かけて黒髪をとかす女や、沖を通る船に石を投げて沈める女怪などがあります。
 また月の美しい夜に一人で月を見上げると、桂男に引き込まれてしまうとかいうのもあって、海に面したあたりは、この世ならぬものが住むとされていたのかも。
 熊野の海は補陀落に通じているんでしょうしねえ。
 でも、このお浪さんも、石投げ女(いしなげんじょ)も、勿論、桂男も他の地域にもある伝説で、必ずしもこの地方独特のものではありませんが、まあ、海の「怪」としてはありふれたものなのでしょうか。
 しかし、それらのあやかしが、迫力を持って語られるというところが、この熊野の海なのかもしれませんね。
 岩場に座って髪を梳かす日本のローレライのイメージで。
2015-08-18

蝙蝠扇の付喪神

付喪神(扇)

東京国立博物館所蔵の付喪神絵巻(室町時代)に登場する、蝙蝠扇の付喪神です。
 まるで、緋袴の女性が、顔に扇をかざしているように見えますが、扇が顔です。
しかも、扇の骨ははずれてしまって、割れています。
 これは壊れてしまった蝙蝠扇(かはほりあふぎ)が古びて、付喪神がついて変化のものになってしまった妖怪です。
 横に外れている骨は4本くらいある気がするので、本来は5本あったのでしょうね。
紙がのびきっているけれど破けているわけではない。
 将棋の駒のようにとがった顎が可愛いので描いてみましたが、長い黒髪が後ろに垂れているところを見ると、さほど幼女ではなさそうですね。
2015-05-10

狩場明神

狩場明神

  高野山はいうまでもなく空海さんが開いたお寺ですが、その山を道場とするのに、もともとこの山の神様丹生都姫から、御山をいただいたという伝説があります。
 丹生都姫は水銀の神様ですから、空海と鉱山の関係はいろいろと面白いお話もあるそうです。
 それは別として、空海さんが、この山の神様に出会うには、道案内をしたものがいます。
 それが狩場明神といわれる神様。
 弓矢を持った猟師の姿をしていて、白黒の犬を連れているのがトレードマーク。
 先日大阪市立美術館に「山の神仏」というのを見に行ったのですが、そこにも高野山の神として丹生都姫と狩場明神(別名、高野明神ー高野山・・・まんまやん)の神像も出ていました。
 この水銀の女神と、ハンターの神様が夫婦であるという伝承と、母子であるという説もあるらしいのですが、たいていはカップルらしい。
 そしてハンターですから、犬は必携?で、白黒の犬をつれているのです。
 犬を連れた神様としては、二郎神を思い出しますが、この白黒の犬たちは、主に代わって空海さんの道案内をしたというお話もあるので、高野山ではなぜか狛犬が多いのも、この二匹の犬と関連しているのかも。
 この犬たちそのものが祭られている神社もあるとか。
 犬の聖人もいるくらいだから、二匹セットの犬神さまもありですよね。
 狩場明神の神像は、衣冠束帯を着たお公家風のか、なんだかぼろ布を着たむさいおっさんの狩人なのですが、まあ、狩人の姿が一番似合うでしょうけれど、少し若目にしてみました。
 女神の息子説もあるらしいですから。
 空海さんの時代の平安初期の日本の犬がどんなのであったかわかりませんが、黒いのは甲斐犬、白いのは紀州犬(あ、ソ〇トバンクのお父さんは北海道犬だそうです)がモデルです。
2014-06-06

三番叟

三番叟

 三番叟は、能楽で演じられる五穀豊穣を願うめでたい踊りです。
 意味は、三番目の翁・・つまりもともと三つあった翁の舞の三番目が独立したものです。翁の面をつけて舞うのは、神様の姿で、本来仮面の持つ呪術的な神の出現そのものです。
 三番叟の舞は、仮面をつけずに舞う揉ノ段と、黒色尉(こくしきじょう)の面をつける鈴ノ段がありますが、どちらの所作も、田んぼに霊力を与え、より良い実りを願う農耕呪術が起こりとされています。
 農耕民だった日本人に親しまれ、能や歌舞伎のみならず、民俗芸能や、人形芝居などにも取りいれられ全国に広がっていますが、当然、人形からくりなどにも取りいれられていますので、三番叟人形もたくさんあります。
 ところで、この夏高山に行ったということは日記にも書いていましたけれど、「飛騨高山まちの博物館」で、人形が展示されていました。春の高山祭の屋台に以前乗っていた三番叟のからくり人形で、大正5年製造の童子の姿をした人形です。現在は、新しい三番叟人形が屋台に乗っており、先代の人形だということでした。
 この人形が印象に残ったのは、京都の丸平の作だと書いてあったからで、大正5年ということは4世大木平蔵ということなら、西尾家のお雛様の兄弟です。
 それともう一つ思い出したのは、祇園祭の放下鉾で、稚児人形の中で唯一舞を舞う「三光丸」で、これも丸平なので、兄弟ではありませんか(ただ、この人形は、昭和の製作なので、五世大木平蔵の作品かもしれませんが)。
 その時はへ~!というだけだったのですが、ねさまさんの「ちょこっと高山」というブログの記事で、三番叟の人形が紹介されている箇所を読み、この丸平の人形が一昨年まで現役だったことを知りました。しかも、その前の年は、なんと、からくり人形として、体調不良であったことまでわかりました。
 つい最近まで現役であったからか、動画や画像はたくさんまだ見ることができますが、もはや青空を背景に、風に髪をなびかせながら舞うこともないのかと思うと、まだまだ姿は美しいのになんだか憐れな気がします。
 からくりは、童子が玉手箱のようなところに顔を伏せると、黒色尉の面が顔に張り付き、手に鈴と扇を持って変身する・・というものです。 人形の衣装で、少年の姿をした三番叟(全く似てはいないですが)を描いてみました。松竹梅の文様を付けた直垂の袖を両方とも脱いで、蜀江文の小袖を着ていますが、童子なので振袖になっています。
2013-09-06

蛇姫

蛇姫

 蛇姫と題して、蛇の精でも描きましょう。
 蛇の精とくれば、女性なら、言うまでもなく雨月物語の蛇性の淫という、まんまなタイトルのものもあり、中国だと白蛇伝ですし、スーパースターというなら、道成寺でしょうか。
 はたまた、イヴを誘惑して、知恵の実を食べさせたのも蛇ですし、今昔物語には、男性の姿をした蛇の精もいます。
 こういう、メジャーどころのものではなくて、イメージとして・・。
ところで、大昔「蛇姫様」という映画があったようですが、これが調べてみるとお姫様自身が蛇であったり、蛇に変身したりするお話ではなくて、「からす蛇」という蛇に御姫様が守られているのですね。舞台は栃木県の烏山というところにある烏山城で(現在は、那須烏山市になっていて、烏山城跡があります)、烏のような真っ黒な蛇が姫を守っているというのです。
2013-01-18

金沢花友禅

金沢花友禅

 これは2012年の11月に亡くなった母の追悼絵として描いたものです。
 民踊をやっていた母は、こんな姿で気持ちよさそうに踊っていました。
 若干(かなり?)、美化していますが・・・まあ、乙女チックな人でしたから、この程度はご愛嬌でしょう。。
2012-12-17

橋姫

橋姫

 本来は河川にかけられた橋を守る役割をもっている神様なのに、いつの頃からか、たたり神みたいに、嫉妬深い神様になってしまったみたいですね。
 有名なところでは、平家物語の異本で紹介される、「憎い人を呪い殺したい」女が、その能力を持つ橋姫という鬼になる・・というものかも。
 これのせいでか、後世の絵画には、頭には角の形に髪を結い、ろうそくを三本立てて、呪いをするすさまじいい形相の女の姿になっています。
 これが宇治の橋姫とか、渡辺綱に手を切り落とされたりする鬼の話にも発展しますが、俵藤太にムカデ退治を頼む瀬田の唐橋の蛇神様は、橋姫だという説もありますが、蛇身であるのか、鬼なのか、美女なのか・・。
 画家たちはいろんな橋姫を描きますが、どれも嫉妬深い・・ということになっていますね。
 嫉妬に悩む・・といったイメージはやはり髪が逆立ったりするんでしょうね。長い黒髪だとコワイかも。
2012-10-12

頼豪阿闍梨(鉄鼠)

頼豪阿闍梨

  実在の人物としての頼豪(らいごう)は、平安時代の僧侶です。
 白河天皇のために「皇子誕生」の祈祷をして、見事、皇子誕生の運びとなりました。
 そして、その報酬として園城寺(三井寺ですね)に戒壇を創設することを願い出ました。戒壇というのは僧侶に受戒をする場所で、正式にはここで受戒しないと僧とは認められないんですね。
 ま、坊さんとしては、これが自分の寺にあると便利です・・という以上に、権威も利害も当然莫大で、宗教界にとっては大事です。
 当時、天台宗では延暦寺に戒壇があったので、権威ある寺としては、これは許せんことでしょう。当然大反対!
 延暦寺といえば、権威ある本山というだけではなくて、武装もしていたコワモテの寺。
 白河上皇に意のままにならぬものの代表みたいに言わしめた「山法師」ですもの。まだ在位中のこと、この寺が手におえたとは思えません。一つ間違えば、カノッサの屈辱なみです。
 当然、その延暦寺に反旗を翻すような頼豪の戒壇設立の望みなどかなえられるはずもないですよね。
 で、却下された頼豪は、天皇と延暦寺を深く恨み、彼の呪いのせいか、せっかく生まれた皇子は6歳で死んでしまいます。それでも恨みは解けず、ついには憤死してしまったとか。
 そして死んでからネズミに変身!!!し、恨み重なる比叡山に上って、延暦寺に保管されている貴重な経典を次々と食ってしまったという伝説が生まれます・・・。
 う~ん・・・・とても徳の高い僧がやることとは思えないし、すぐそばに延暦寺があるのに、新たなる戒壇を近くで作るという発想も、なんだかはじめから厭味ったらしい。
 で、この平家物などに出ていた中世の伝説が、江戸時代に「妖怪博士」鳥山石燕鉄鼠として取り上げ(京極夏彦の「鉄鼠の檻」はこれからきています)、滝沢馬琴が「頼豪阿闍梨恠鼠伝」(らいごうあじゃりかいそでん)を書き、さらに有名になりました。挿絵は勿論、葛飾北斎!
 このネズミになった妖僧の絵はいろいろありますが、北斎のは、毛むくじゃらの鼠男ながら、堂々として威厳があります。
 月岡芳年の経を食うのは、いじましげな姿ながら、指貫と立派な法衣を着た高僧のスタイル。
 芳年風の衣装で、じっと見据える雰囲気にしてみました。「名高い延暦寺といえども、内実は乱れておる。高価な経もほったらかしじゃから、わしが食ってやるわい・・。」と怒っているのかも。  
2012-05-13

夕星(ゆうづつ)

有星(ゆうづつ)

 室町時代に成立したといわれる御伽草子のなかに「天稚彦草子」があります。
 これは、宇宙人?天稚彦とその妻を主人公とする天界を舞台とた異世界ファンタジーなのであります。
 まあ、内容は「美女と野獣」と「アモルとプシュケー」「ジャックと豆の木」それに、ちょっとだけヘラクレス神話風(なんと、うら若いヒロインに、牛小屋の管理だとか、ムカデ退治なんて12功業みたいな試練が襲うのだ)のミックス。
 で、やっと二人の仲を許してもらったカップル(それでも、年に一度だけの逢瀬とは!)は、七夕になりましたとさ・・。
 これってめでたしめでたしではないでしょう?
 まあ、その本筋はいずれ別の機会に譲るとして、天稚彦を天界に探しに来た姫君(長者の三番目の娘)が、最初に出会うのが夕星(ゆうづつ)です。
 ゆうづつは、宵の明星のこととされ、古代神話の天津甕星(あまつみかぼし)ではないかと言われます。
 この天津甕星という神様は、高天原の命令に従わなかったので、天羽槌雄神(あめのはづちのおのかみ)に退治されたということになっていますが、これって、なんだか、光の大天使であったルシファーが堕天して悪魔になったのに似ていませんか?
 しかも、この退治をした天羽槌雄神って、倭文(しづり)の神・・つまり織物の神様で、天岩戸に籠った天照大神を誘い出す布を織ったとか。こういうマジカルな布って・・・ガーゴイルを退治た司教のストラ(つまり悪魔払いの道具ですね)みたいじゃないです?
 ということで、全然まとまりはないのですが、御伽草子の「金星」夕づつは、白い狩衣を着た少年として登場しますので、そういうイメージで。日本のルシファーにしては少し線が細いかも。
2011-08-26

児雷也

自来也

 「児雷也豪傑譚」の三すくみの登場人物を、大蛇丸、綱手と2人までとり上げてきたので、やはり、本来の主人公である児雷也をほっとくわけにいかないですね。
 江戸から、明治にかけてベストセラーになった「児雷也豪傑譚」は本名尾形周馬、児雷也と名乗る忍者ですが、文政年間に最初に出た物語「自来也説話」では、自来也と名乗っていたのですね。
 これには、もっとモトネタがあって、中国に実在の盗賊で、盗みに入った先で、壁に「我、来る也」という意味で我来也とサインをしていったそうです。
 まあ、怪傑ゾロがZのマークを残していくみたいなもんですね。
 ただ、これだと日本語読みでは「がらいや」となってしまい、柄が悪いとうかゴロが悪いというか、文字面も美しくないので、我を自にかえたとか。
 真偽のほどはさておき、日本では泥棒ではなく、もと身分ある武士ながら悪人のおかげで不運に見舞われ、お家再興を目指してがんばる・・というストーリーが好まれたようです。
 ということで、蝦蟇の術を使う忍者スタイル。あまりに蝦蟇をデカく描きすぎて、ちょっとバランスが悪くなったので修正したら、もっとヘンになった。まっいっか・・。
2011-07-31
 

綱手

なめくじ

 先日は、「児雷也豪傑譚」から、悪役の大蛇丸を登場させましたが、江戸の戯作者のドラマの構成には、あくまで庶民にわかりやすい・・ということから、古来よりの言い伝えとか、民間説話などをちりばめています。
 この物語の三すくみ、という設定もそうです。
 その一つが蛇に勝つという、なめくじです。
大悪役が蛇なら、その蛇を退治することができるのがなめくじ。
 しかし・・・なめくじを英雄とするのは難しい。いや・・カエルも結構ヒーローにはむづかしいですね。
 でも、まあ妖術とかに近い大衆ドラマの「忍術」ですから、カエルにのったヒーローでもいいわけです。
 そのカエルの英雄児雷也の味方はなめくじです。
 なめくじが、どうして蛇をやっつけるのかというと、はっきりしない。
 なめくじの通ったあとを蛇が通ると死ぬとか、なめくじを蛇が飲み込むと、体の中から解かされるとか、まあ、いろいろ言われてるみたいだけど、ようわからん。実際には、蛇は別になめくじなんか嫌いじゃないみたいです。
 それはともかく、物語では、なめくじに変身する児雷也の味方は妻の綱手。そうなんです。なめくじをあやつる「忍者」は女性なんですね。なんだか・・・不気味。
 そもそも、カエルとなめくじが夫婦になれるのか・・なんていう疑問は無視ですね。彼らは人間で、術として、カエルヤラ、ナメクジを操っているのですから・・。
 なんとなく、なめくじっぽく見えますでしょうか? 
2011-07-24

大蛇丸

大蛇丸

 世界征服とか、この世を魔界となさん・・とか、ほかに目的はないのか・・というのがエンターテイメントの「大悪人」の野望ですね。この大蛇丸(おろちまる)もそういった極悪人ということになっています。
 幕末から明治にかけてベストセラーとなった大衆小説は「児雷也豪傑譚」。戯作者は、美図垣笑顔(みずがきえがお)から、白縫譚の作者柳下亭種員やら、5人によって書き継がれた人気作。
 もちろん、あの巨大蝦蟇ガエルに乗って巻物咥えて出てくる忍者の元祖児雷也が主人公です。この蝦蟇使いの忍者の相棒は、妻の綱手ですが、この女忍者はなめくじ!の使い手です。
 その敵が極悪人大蛇丸で、実は人間ではなく、その正体は沼に住む大蛇ということになっています。
 歌舞伎やら映画にもなり、三大怪獣三すくみ(蛇・カエル・なめくじ。蛇はカエルに勝ち、カエルはなめくじに勝ち、なめくじは蛇に勝そうです・・といっても、現実はそうではありませんが)が、この物語のクライマックスです。
 ということですが、各局、長々と続いたこの作品、未完のままだそうで、改作する人の好みにラストは任されているみたいです。
 歌舞伎では、時代は鎌倉と設定されているので、錦絵風の忍者スタイルではなく、狩衣を着た姿にしてみました。権力者の殿様が、実子をさしおいて後を継がせたくなるような、有能な少年・・として登場するので、若いめにしました。
2011-07-19

鳥山秋作と若菜姫

和かな姫

  江戸末期から明治初年にかけて、戯作者柳下亭種員の作で、庶民の間にベストセラーとなった一大エンターテーメントに白縫譚(しらぬいものがたり)があります。
 どっかで聞いたことある作者名ですよね。
 かの柳亭種彦のまがいものっぽいペンネーム。しかも柳の下ってんだから二匹目の泥鰌をねらってるのは間違いない。
 かく怪しい名前ながら、作品はヒットしたんでしょうねえ。たくさん絵画資料などが残っています。
 代表作白縫譚は、白縫(不知火)というからには、九州地方の物語でしょうが、菊池氏との確執や、海賊七草四郎だとか、いかにもそれっぽい人名が登場します。
 主人公は、大友宗麟!の娘(と設定されている)若菜姫。彼女は女妖術使い。
 同じ作者が蝦蟇の忍者でおなじみの児雷也なども手掛けているので、このような分野が得意だったんでしょう。
 滅びた大友氏再興のために、残された姫が、自ら立ち上がるところが、新しいといえば新しい。八犬伝だと、伏姫はただただ悲劇のヒロインで、子供の代まで待たねばなりません。
 キリシタン伝来なのかどうだか、妖術を使えるというのも安易な気がするけれど、まあ、戦う美少女の物語です。
 で、その彼女の好敵手となるのが菊池側の鳥山秋作で、こちらは憎々しげな悪役というのではなく、「女にみまがう美青年」という設定にも、時代の新しさを感じますね。
 全編を読み通したいのはやまやまなんですが、国書刊行会のすごい高い本があるのだけれど、「ウチの庭みたいなところ」にある50万冊の大書庫にはなく、大阪府立図書館にはあるんですが、借りに行くパワーがないのですね。いずれ読みたいとは思うのですが・・。
 男装した若菜姫が、女装した鳥山秋作と出会うシーンが、なかなかに面白いので、イメージしてみました。
 男姿の姫が、怪しい女を見てとっ捕まえ「これ、近う参れ」と引き寄せます。
 「女」は、正体を見破られはせぬかとドキドキもので「あれ、ご無体な・・」なんてのがれようとする・・。
 男女逆転に見えたらおなぐさみ・・。あ・・・でも、どちらも、あまり美しくはないかも・・・。
 原作では、とっても倒錯的で「妖しい」シーンなんだと思いますが・・・。
2011-06-21

白縫姫

白縫姫

 「椿説弓張月」のヒーローが八郎為朝なら、彼の妻の白縫姫はヒロインです。
 しかし、八犬伝の浜路のような、一見、なよっとした女性を思い浮かべてはなりません。
 乱暴者というか、気性の激しい為朝と対等に張り合うには、最初からなよなよしていてははじまりません。
 登場のはじめには、なにやら、劉備の奥さん、つまり孫権の妹をモデルにしたような感じですね。
 武芸を好み、同じような武芸自慢の侍女たちを大勢侍らせるお姫様。
 婿取りが決まった時(勿論、親が決めます。当時の良家の姫なら、普通自分では選びません)、すだれの影に12人の武装した侍女を隠して、入ってきた為朝に、次から次に打ち掛からせ、すべてクリアーしたので「よし、あんたを夫と認めよう」なんていう物騒なお姫様。
 それだけではなく、裏切者を成敗するのに、縛り上げて全身に竹串を刺して時間をかけて殺すという残虐さ。
 この場面を月岡芳年が描いていますが、裸で縛られ、ハリネズミならぬ串ネズミにされた血みどろの男が苦しむさまを、ほほほ・・と笑いながら見ている赤姫風の女性。こわい女ですねえ。
 この人が、海で暴風雨にあって、船が沈みかけたとき、夫を救うために、ヤマトタケルの妻弟橘媛のマネ(本人がそう言っている)をして、海に飛び込みます。この人身御供によってかどうか、彼女の息子も巨大魚に助け合あげられ、もちろん為朝も生き残ります。
 そして、為朝たちが琉球にわたったのち、死せる彼女は、霊魂のみでおいかけ、あちらの王女の乗り移って、息子の即位まで見届けるのだから、生きていても死んでからでも強い女です。
 こういう女は、海に飛び込むときにも「さあ、波よ静まりなさい!」とにらみつけるのではないか・・と思いましたから、こんな顔にしてみました。時代設定は平安末なので、江戸の挿絵は無視しました。
2011-06-17

玉梓

玉梓

  パソコンを変えて半月になります。入力や処理は早く、もともと必要だった画像処理の速さはすごいなあと思います。無事パワーポイントの更新もできるようになったし・・。しかし、私が絵を描いていたソフトがWindows7では使えないことが判明。今途方にくれております。
 でも「歌舞伎ミュージアム」に行ってまいりまして、どうしても、なにやら絵を描きたいという気持ちになりまして、以前のXPを立ち上げてポチポチ絵をかきました(ホント速く、新しいのでやれるようになりたいんですが・・・)。
 南総里見八犬伝の玉梓です。
 怨霊と化して里見一族にたたるといわれる妖女ですが、もとをただせば不幸な人だと思います・
 そもそも、領主の殿様に寵愛された美女で、その寵をよいことに政治や人事に口を出す・・よくあるパターンですね。それで忠臣金碗(かなまり)も主家を離れることになる。
 そして、そのためか国力の衰えたゆえか、領主は滅ぼされます。しかし、あらたに国を乗っ取った人物山下定包が、玉梓を妻にする。これって、魅力的だったんでしょうね、やはり。
 結局山下さんを滅ぼした里見の殿様と、金碗が、彼女をまたしてもとらえるわけですが、やはり美しかったからかどうか、里見さんは「許してやろう」と思うわけですね。ですが、彼女に煮え湯を飲まされている金碗はダメだというので、結局処刑される。
 これで、里見家が恨まれることになる。
 で、彼女のたたりが、里見家を滅ぼし、娘伏姫が犬にさらわれるなんていうおぞましい?展開になるわけです。
 でも、彼女のいいなりになって国を滅ぼしたのは殿様が悪いんだし、勝った山下さんにしても、滅ぼした家の妻子を奪うのは戦国の世のならいだし、助けてやると言いながら殺すのは、里見の殿様の優柔不断が原因ですよ。
 だいだい、飼い犬に敵の首を取ってきたら娘をやるなんていうことからして、根性のない殿様じゃないです?
 玉梓もおどろおどろしくされているけれど、いわば不幸な女性といえばいえるのではありませんかね。
2011-05-22

うつろ舟の女

ウツボ船

  知ってる人には有名な「伝説」に、うつぼ舟の美女というのがあります。
その中でも、いろんな人が好んで?取り上げるのが、八犬伝でおなじみの滝沢馬琴の「うつろ舟の蛮女」(兎園小説)の話でしょうねえ。
 ガラスと金属で密閉された乗り物?にのって漂着した謎の異国風美女で、金属製の箱を抱えていたということで、海上に着水した宇宙船だとか色々言われているわけですね。
 確かに、UFO説は面白いですが、そもそも「舟」あるいは「箱」に閉じ込められて海に流される美女というのは、かなり古い時代から伝承があります。
 言うまでもなくダナエですね。男が近づかないように塔のてっぺんに閉じ込められていたのに、「黄金の雨」に変身したゼウスによって妊娠してしまい、その子供と一緒に箱に詰められて流される。この子供は成長してメデューサ退治するペルセウスです。
 ほかにも、密通の罰として、浮気相手の男の首と一緒に船に乗せられて流されるという中国の伝説もあります。
 で、この馬琴のいう「蛮女」は、髪も眉も赤い色で、白い鬘(獣の皮?)を背中にたらしている言葉の通じない女性は、不義をした異国の王女ではないかということになるそうです。胸に抱いた箱には、密通相手の男の首が入っているそうです。
 このお話を詳しく取り上げて、面白い考察をされているブログがあるので紹介しておきます。。「UFO&美人宇宙人in江戸時代」
 数ある「挿絵」は、中国風の衣裳を着た女性像ですが、白いかつら様の髪の毛が白いということから、毛皮装飾のついたフードつき衣裳ではないか・・なんて思いついたので、ロシア風?の北方系にしてみました。 
2010-09-28

斧定九郎

斧定九郎

 歌舞伎のキャラクターは、さまざまな種類が固定化していますが、「悪役」についてもパターンがあります。
 そういった悪役で、印象的なのが斧定九郎です。
 忠臣蔵の五段目だけに登場し、舞台にいる時間はとても少なくて、しかもセリフはたった一言、という役なのですが、「悪」の新しい形を作り出したとも言われる役どころ。
 斧定九郎という人物は、設定だと、赤穂の重臣ながら吉良方と通じていた悪家老の息子ということになっています。一応は「ええしの子」なんですね。
 しかし、日ごろの行いの悪さから、実家から勘当された不良息子で、無頼の身に落ちて金に困り、夜の闇にまぎれて、街道筋で行きずりの老人を殺して財布を奪う。まあ、早い話が辻斬りです。
 で、奪ったサイフの中味を確かめていたところ、猪と間違われて鉄砲で撃たれて死ぬ。なんてマヌケで不運な悪人でしょう。
 老人は、赤穂浪士の早野勘平の義父で、婿のためにお金を調達してきたところで、鉄砲を撃ったのは勘平で、義父を殺したと勘違いし、などなどややこしい取り違え問題が起こり、勘平は切腹するという筋書きにつながるのですが、そういうのはおいといて、ただの「山賊」であった定九郎が、いわゆる「色悪」(美形の悪役)の元祖として定着するのは、その演出に工夫があったからだそうです。
 ドテラを着てヒゲぼうぼうの山賊姿ではなく、乱れた髪に、黒紋付の着流し、大小をさして破れ傘(雨が降る夜なのです!)で登場する、いわば、悪役ながら、もとは上流の子息。貴種流離譚の一種の変形です。
 しかも、色彩的には、暗闇に現れる白い顔色黒い単衣の着物を素肌に着るというモノトーン。そして鉄砲に撃たれて、口から血を吐きながら倒れる・・・この赤い血の色がポイントの映像美。これで人気の役どころになったのですね。
 この黒紋付を着流した零落の「悪役」浪人スタイルは、四谷怪談の民谷伊右衛門に連なりますが、よりシンプルなのが定九郎でしょう。ただの金に困った不良ですから。彼の紋所は斧という姓から、斧のぶっちがい紋です。
2010-06-28

照日の前

はながたみ

 継体天皇をめぐる越前での伝説の人物ですが、謡曲「花筐(はながたみ)」の主人公で、上村松園の名作「花がたみ」の絵・・といえば思いだされるのではないでしょうか?
 上村松園の絵では、髪は乱れ、着物はしどけなく、表情もうつろで無気味な微笑を浮かべた平安美人です。
 手には、文を結びつけた花かごを下げ、足元に紅葉を踏みしだくという図柄です。
 この女性は、「狂って」いるのですが、それは、恋しい男を追いかけてきたのですね。
 物語では、越前に地にいた男大迹王という傍系皇族が、中央で皇位につくことになり、現地妻であった照日の前をおいて、都入りしてしまうのですね。なぜならば、(多分)即位の条件が、先代天皇の姉と結婚しなければならなかったからですね。
 まあ、社長令嬢と結婚して、次期社長の座を手に入れるために、今の恋人が邪魔になった・・・とかいうのと同じようなお話。
 「ひどいわ~! 許せないわよ~! あたしのおなかにはあなたの子供がいるのよ~!」などとモメて、修羅場になるのを避けるためか、男大迹王は、花かごと置き手紙をして、さっさと都に行ってしまう。
 彼女は、悲しみのあまり精神が破綻し、やみくもに、去った男を追って大和を目指します。勿論、その形見の花かごを持って。
 そしてついに、今は帝となっている元夫の行幸に出合い、なんやかやあって・・結局、お妃の一人として迎えられる・・というものです。これって、彼女の演技力と、実力行使が功を奏したのでしょうね。
 なによ! あんただけ、いい目は見せないわよ!というところでしょうか。
 で、この女性にモデルはあるのか・・・というと、まあ、何人も女性がいた天皇ですが、安閑・宣化の2帝を産んだ目子媛ではないか・・なんて言われていますが・・そうだとしたら、ちゃんと子供たちも認知させたのですよね。
 平安風俗で描いてみるのも面白いかなと思ったのですが、やはり古代風で・・。上村松園の「花がたみ」では、「細長」という衣裳を羽織っているので、そのような上着を着せてみましたが、こんなのが、いつごろからあったかよくわかりません。手に持つ籠の中の花は枯れている・・というのにしてみましたが・・・ただ、こぎたないだけか・・。
2010-05-26

浄瑠璃姫

浄瑠璃姫

  「浄瑠璃」は、今では人形浄瑠璃として残っている演芸ですが、語り物の音楽劇を伝統にしているものです。
 それが、何故「浄瑠璃」と呼ばれるかと言えば、このジャンルでの絶大な人気を博した演目に「浄瑠璃姫物語」があったからだそうです。たとえて言うなら、韓流ドラマの総称が「冬ソナ」となったみたいなものではないでしょうか。
 浄瑠璃姫は、平安時代末期の人という設定で、悲恋のヒロインで、岡崎市や豊田市にその伝説が残っているようです。
 地方の名士が、薬師如来に子宝祈願をして授かった娘で、薬師にちなんで浄瑠璃と名づけて大切に育てられた深窓のお姫様。
 それを、平家の世の中に、源氏再興を目指して平泉に下る途中の16歳の源義経(牛若丸ですね)が旅の途中に立ち寄って見初め、恋に落ちてしまいます。
 この16歳のガキが、あつかましくも笛の合奏にことよせて、姫と話す機会を得るのですが、まあ、強引というか理屈っぽいというか、長々と美辞麗句を連ね、困惑する姫の言葉の揚げ足をとり、教養ある屁理屈で姫を口説きまくる。結論は「一夜、なびかせたまえ」。これのみ!
 かくしてまあ、若い二人は(16歳と14歳です!! 今時の高校生がこんな理屈っぽい語りしませんが、当時の聴衆は、このかきくどく言葉遊びを楽しんだのでしょうね)一夜の契りを交わして別れます。
 結論からいえば、これで、まあ、終わってしまったのですね。
 伝説では、病に倒れた牛若を看病しに姫が出かけて行ったり、はたまた追いかけて川に身を投げて死んだとか、あるいは、待ち焦がれて病死したとか、まあ、この恋は、不首尾に終わったんです。
 牛若にしたって、いかに源氏の御曹司とはいえ、将来は不明の行きずりの兄ちゃんだし、姫も親に内緒ですから、上手くいくわけがない・・というところが、この物語の「悲劇性」です。
 なんやかや言葉巧みに言い寄る男。
 お母さまにバレないうちに帰ってくれないかしら。
 だけど、もっとお話もしていたい・・ああ、このままだと・・。
 ・・・だめよ! 絶対だめ! でも、このまま別れるのはいや・・・。
 ああ・・どうしよう・・・どうしよう、という姫。
2010-04-02

豊臣秀頼と真田幸村

秀頼と真田

 「実は生きていた」伝説については、世界中でその話題があるのですが、義経のジンギスカン説話に次ぐのは、日本の物語の中では「秀頼薩摩落ち伝説」ではないでしょうか。
 大阪夏の陣で、真田幸村は戦死、淀殿、秀頼は火をかけられて自刃・・というのが豊臣家の最後なのですが、ここに、島津家が密かに船を仕立てて、秀頼を薩摩に逃がしていた・・という伝説は、大阪落城当時からあったようです。
 有名な京童の戯れ歌とされるのは、

     花の様なる秀頼さまを、鬼の様なる真田がつれて
     退きものいたり、かごしまへ

 というものですが、まあ、豊臣方の勇将が、実は主君を奉じて、捲土重来を期して、一時退却した・・というのは、いかにも一般受けしそうですよね。
 その証拠が、外国人の記述だとか、鹿児島にいまもいる木下を名乗る秀頼の子孫だとか、真田の子孫だとか、また墓があるとかいうものです。徳川方も、秀頼は、鹿児島でアル中になっているとかいうウワサを流したとか、流さなかったとか・・。
 外国人の記録には、巷のウワサとしてこのような説があると記しているようですし、島原の乱の天草四郎が秀頼の息子で本名は豊臣秀綱というのだ・・なんていう伝説もあるそうです。
 それにしても、かの京童の歌は、実情にはそぐわないそうで、秀頼は身長190センチに近い肥満体の巨漢で、真田幸村は小柄できゃしゃな武将だったそうなので・・・花と鬼とは、どっちがどっちやねん?と思いますが、まあ悲劇の若殿は、三蔵法師のように、非力な様子が一般受けするんでしょうね。
 テレビもネットもない時代、庶民は秀頼の顔をしらなかったのでしょう。
 でも、絵柄としては、優男の若殿と、ゴツい家来がいいので、そんなイメージで。
 幸村がマタギみたいな格好をしてスキンヘッドなのは・・・・・なりゆきです。
2010-01-20

ひろせぐん

 岩見重太郎の物語が、あだ討ちものだということを先日書きましたけれど、この重太郎のにっくき敵が、広瀬軍蔵です。
 小早川家の武術師範であった岩見重兵衛は、広瀬軍蔵という剣の卑怯な方法によって殺され、師範の職も奪われます。
 息子や娘まで卑劣な広瀬一族によって罠に落とされて逃亡せざるをえなくなりますが、うまく逃げ延びた重太郎は諸国武者修行をして、(この間大蛇や狒々を退治します)、ついに天橋立であだ討ちをすることになります。
 で、その悪役が広瀬軍蔵ですが、この物語を、宮乃木神楽団が、伝統芸能に新しい息吹を吹き込んだ演技をやっておられるようです。その映像などをみておりますと、なかなかカッコいい悪役なので、描いてみました。凧絵っぽくもあり、色合いも渋かったので・・。
2009-12-30

岩見重太郎

岩見重太郎

  本日は岩見重太郎です。
 実在の岩見重太郎は、薄田兼相(岩見家から叔父の薄田家に養子に入った)という戦国時代の武将で、旅をして武者修行をし、豊臣秀吉に仕えた人物だそうですが、物語としては、父のあだ討ちの旅をするうちに、大蛇を退治たり、若い娘を食う狒々を退治したりという、スサノオのような、あるいは聖ゲオルギウスのような英雄とされています。
 そして、天橋立で、父の仇にめぐり合い、見事本懐を遂げることが出来たというものです。
 大阪の淀川区にある野里住吉神社の祭礼が、人身御供の女性を救うために大蛇退治をしたという伝説と関連づけられているようですが、有名なのは、狒々退治のほうでしょう。
 毎年、村の若い女性を人身御供に差し出さなければならない白狒々に困っていた村にたどりついた重太郎が、娘の身代わりに長持ちの中に入って、出てきた狒々と闘い、やっつけるというものです。
 新作神楽などでは、女性の着物をかぶって登場するなかなかの人気演目だそうです。
 狒々がまた面白いのですけれど、大阪の伝説として(吹田にも岸部の釈迦が池に大蛇がおり、こちらは、吉士の英雄が倒したことになっています)大蛇退治のほうにしてみました。(・・狒々が描きにくい・・ってこともなきにしもあらず・・。)
2009-12-27

少将滋幹の母

少々重本の母

 久々の平安ものです。谷崎潤一郎の小説「少将滋幹の母」として知られる女性は、在原棟梁の娘で、かの平安の代表的美男とされる在原業平の孫に当たり、美人の誉れ高い女性でした。
 この女性が、50歳位年上の大納言藤原国経の妻になって滋幹を生みます。
 彼女としては、花も実もある女盛りなのに、何の因果でこんな年寄りを夫にしたのか・・と思うのは当然でしょうね。
 ところが、ある時、夫の甥である左大臣藤原時平が、伯父の家の酒宴にやってきます。
 時平は、当時一番の権力者であり、おまけに美男でも有名だったので、御簾のかげから覗き見て「いかなる女かかる人にそいてあるらむ(どんな女がこのような男を夫にしているのだろう)」と嘆きます。
 宴会が無礼講となり、客も主人もへべれけ。宴がお開きになる頃には、主の国経は気が大きくなり「土産はなんでも持ってけどろぼー」状態の大判振る舞い。客の時平は「飛び切りのものが欲しい」と言い出す始末。
 大いに気が大きくなった大納言、「天下に時めく左大臣殿でも、これほどのものはお持ちではあるまい」と、引っ張り出してきたのは何と、自分の妻! 
 この美人妻を見るなり、泥酔のはずの左大臣は、さっと抱きかかえて自分の車に彼女を積み込んでしまいます。
 もともと、演技力も一流の策士。酔ってなどいなかったのですね。
 かくして小説に描かれるような国経の後悔や悩みがあったのかどうかわかりませんが、この女性は藤原時平の妻の一人となりました。権力志向の女であれば、けっこう幸せになったのかもしれません(いやいや・・ねんごろだった平中と示し合わせて「ねえ、あたしをこんなじいさんのとこから連れ出してよ。あんたが無理なら、もっと力のある人を紹介して」・・なんて、彼女が仕掛けたとすれば、面白すぎるのに・・・)。
 彼女が時平との間に生んだ息子が、三十六歌仙の一人藤原敦忠です。和歌や管弦にすぐれた美男子でしたが、35歳で死んだ後、彼に代わって管弦の名手ともてはやされたのが源博雅です。
 イメージは、どうして、私はこんな年寄りに嫁いでしまったのか・・と嘆く雰囲気で・・。

2009-07-29

小栗判官

小栗判官

 スーパー歌舞伎になったり、宝塚でやったりと、今でも時々復活するのが小栗判官物語です。
 私は一時、藤原達也と小栗旬がごっちゃになって(なんでやねん! 全然違うやんか!とお怒りもごもっとも)、何でかなあ・・と思っていたところが、どうやら頭の中で、小栗判官と「しんとく丸」が混ざっていたのですね(藤原達也の芝居は「身毒丸」ですが、正しくは「俊徳丸」だと思います・・)。
 これらのモトネタは同じような話で、悪人にはかられて、全身が膿爛れ、歩行も困難になった病人が、献身的な女性の愛情と熊野詣での功徳で蘇るというものです。
 さて、小栗判官は、鬼鹿毛のところでも書きましたが、常陸の国の豪族の娘照手姫と仲良くなったために、怒った姫の兄弟に毒を飲まされます。
 猛毒が身体にまわると、歩けないばかりでなく、目も見えず、口もきけず、耳も聞こえない哀れな病人となった小栗判官は、さる高僧のはからいで、車に乗せて紐をつけ「一引きで千僧の功徳、二引きで万僧の功徳」と書いた札を立てて、大勢の衆生の協力で順送りに熊野詣でをさせるという餓鬼阿弥車に仕立てられます(説経節ではエグくて、殺された小栗判官は、閻魔さまに蘇らせてもらえますが、土葬にされて1年の死体に蘇ってしまい、見るも無残なゾンビ姿で車にのって旅をすることになっています)。
 こうして人々の協力で旅をして熊野に向かう(彼が通った道筋がいわゆる小栗街道ですね)のですが、その途中で、親兄弟に捨てられ、女郎屋に売られていた照手姫に出会い、姫が献身的な努力で車を引いて熊野に至り、温泉につかると、あ~ら不思議、もとの身体に戻って、すっかり復活。
 その後は、勿論姫を助け出し(身請けして)、中世の「正義」である、自分をヒドイ目に合わせた連中に仕返しをして、天皇からその領地を賜って幸せに暮らしましたとさ・・。
 地方の伝説では、本名小栗助重という武士ですが、説経節では小栗判官は藤原清正という名で、大納言家の出身となっていますが、まあ、これは出自を京都の公家にするための方便で、本来は「小栗さん」でしょう。オグリキャップの馬主さんは小栗判官の末裔だ・・ということをどこかで聞いた事があるのですが本当かな? 
2009-07-06

鬼鹿毛

馬鬼

 人名事典なのに、馬!なんて・・どうかと思いますが、実は小栗判官を描こうと思っていたのです、最初は。
 ところが、人肉を主食として与えられ、鉄の輪、鎖で縛られている、すさまじい怪物「鬼鹿毛」が、なかなか面白いなと思いはじめて、結局こういう絵になりました。
 小栗判官は説教節などで有名になった物語です。
 主人公の小栗判官は、大納言家に生まれた毘沙門天の申し子で、文武両道にすぐれて、頭脳明晰、眉目秀麗。
 父母に溺愛されて育ちます。しかし、色好みというか、浮気者というか、女性にだらしがなく、72人もの女性をとっかえひっかえした挙句に、大蛇の変身した女と同棲したということが噂になり、外聞の悪い両親は地方に流してしまいますが、そこでも豪族の娘に手を出します。
 で、怒り激しいその豪族の館で、こっそり飼われている先の人肉を餌とする鬼鹿毛という怪物馬に乗せられることになります。
 厩とは思えない頑丈な牢獄のようなところに、辺りには累々と白骨が散らばり、生臭い匂いが立ち込めて、巨大な馬が鎖につながれていた・・・という設定です。
 なんだか、アルゴナウタイのイアソンみたいではないです? いかに小栗くんが、乗馬に巧みでも、一見優男なので、こんな馬は無理でしょう・・という伝奇感覚が素晴らしい。
 鬼鹿毛という名の如く、本当は鹿毛(茶色で黒たてがみ)がいいのでしょうが、なんとなく鉄の馬っぽくしてみました。目の中は溶鉱炉なのです・・ってやっぱり映画のアルゴノーツの影響をうけているんです・・。
 あ、勿論ヒーローですから、小栗君はこの馬と話し合い(!)、乗りこなすことが出来たので、豪族達は彼を「毒殺」します。
 小栗判官は、またあらためていつか描きます。
2009-07-04

猩々

猩々

 能楽「猩々」に登場する酒の精
 酒に酔っている・・というで、赤い顔に赤い髪。赤い着物と赤尽くしで登場しますが、「猩々」は「人に似ているが獣である」という古代中国の表現から、類人猿ではないかといわれています。
 また「猩々」という名がオランウータンの和名になったというのも、「猿」だからでしょうが、実は、水族でもある・・のだそうです。猿は泳げたか?というツッコミより、水ということは、清酒と宮水は切ってもきれないところから、やはり、酒に関する生き物でしょうね。猿酒・・ということで、猿が酒を作った・・という古い伝承の反映かもしれません。
 妖怪・・・というには、やや「神性」があるようだし、酒の神・・というほど「ご威光」がなさそうですが、楽しげに酒を飲む・・・のはいいんじゃあないでしょうか。しかし、人間様は、全身真っ赤になるほど飲んではいけませんが・・。
2009-04-16

宮木野

宮城の

 宮木野は、駿河の府中で名高い遊女で、大層もてはやされました・・とはいえ、実在の人物ではありません。
 これまた伽婢子の浅井了以が、中国の小説「愛卿伝」を翻案して、日本におきかえた物語の主人公です。
 教養もあり、こころばえもよい宮木野は、京から下ってきて地元で財をなした裕福な農民の清六に見受けされて「本妻」に迎えられます。
 新婚間もない夫の清六は、京都の叔父が重病で、見舞いに上京せざるをえなくなりますが、世は戦乱の時代、諸国が乱れて関所も閉ざされ、叔父の死後の始末をしても国にかえることが出来なくなったのですね。そのうち、留守を守る清六の母も病に臥し、宮木野の手厚い看護も空しく世を去ります。
 一人留守を守る宮木野の住むところも武田信玄が侵略してきて乱暴狼藉、美しい女は略奪されます。彼女にも危険が迫ったので、裏山に逃れたけれど、逃げ切れぬと彼女は自殺してしまいます。その行動に感じた敵の兵士は、死体を丁寧に埋葬しました。
 やがて、やっと家に帰りついた夫の夢枕にたち、生まれ変わりの予言をします。夫は、その生まれ変わった子供(男の子)の両親をたずねて友誼をむすぶ・・というところで物語はおわっています。生まれ変わったのが男では、まあ、今一度夫婦になって・・というのは・・・やはり無理なのでしょう・・・ね。
 裕福な農家のおかみさん・・というのより、やはり華やかな遊女の姿がよろしかろうと、このようにしてみました。戦国時代の設定ですが、挿絵は江戸初期なので、髷を結った遊女姿です。
2009-03-07
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Author:乱読F
歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

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