蛭子(恵比寿)

蛭子

 蛭子(ヒルコ)は、伊弉諾、伊弉冉(いざなぎ、いざなみ)の夫婦神の最初の子供です。
 しかし、足が立たなかったことから、海に流されたとされています。
 しかし、その呼び名のヒルコというのは、天照大神の名の一つ、ヒルメとも対称することから、本来は、太陽の子供という意味の男神だったのではないでしょうか。
 その最初の太陽の失われたのちに、再度、ヒルメが登場するというのはどうなんでしょうねえ。
 太陽が失われる冬至の日に、再生した新しい太陽を祀る儀式が「岩戸伝説」だともいわれていますし、冬至はクリスマス・・つまり、キリスト教でも神の子が生まれる日でもあります。
 そして、そのキリストも、長じて、人類の罪を背負って殺され、天国に再生します。
 蛭子もまた汚れとして海に流され、そして新しい日の神が生まれる・・・・なんだか、キリストっぽいなあと・・・。
 また恵比寿さんとも同一視されていて、恵比寿様は勿論異国から到来した神ですが、福をもたらしてくれる神様です。
 商売繁盛笹持ってこい・・。エビスさまについては、こっちにもちょっと書いてます。
2016-01-12
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大物主神

大物主の神

 ギリシャの酒の神はディオニソスですが、大物主神(おおものぬしのかみ)は、日本のお酒の神様。
 大神神社の祭神ですが、蛇の姿をしてると言われています。
 もともとは雨の恵みをもたらし、米を豊作にする(日本のお酒は米から作られますから)豊穣の水神であったかもしれませんので、蛇の姿をしているのでしょう。
 秋には、酒の名所灘五郷でも、新しいお酒を造る段取りがはじまり、桶を洗う行事がはじまりますので、秋洗いというのは特別な仕事だったようですね。
 とりあえず、酒の神とその本体である蛇が、ならんでうわばみ状態・・ということで・・。
 オオゲツヒメたち食べ物の女神と対で描いていたのですが、仕上げに迷っていまして・・・今頃になりました。
 どっぷりつかっているのはビールジョッキですが・・・。
2015-10-22

大気津比売神と御食津神

大気津比売神と御食津神

 秋は食欲の秋ということで、大気津比売神(オオゲツヒメノカミ)と御食津神(ミケツノカミ)。
 どちらも穀物神であり、食物の神様
 有名なのはオオゲツヒメで、素戔嗚あるいは、月読に殺されたあと、その死体から五穀が生まれたとされていて、グルメどころかグロい神話が有名ですが、もともと食べ物の女神です。
 ミケツノカミは、本名は宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)という難しい名前で、素戔嗚の娘さんで、伏見稲荷大社の主祭神。つまりお稲荷さんですね。
 お稲荷さんは文字通り稲の神様ですから、日本人にとっては大切な主食の神様です。
 ギリシャ神話のデメテル的な女神ですね。
 が、御食津神のミケツノカミと言う呼び方が、ミケツネカミ・・つまり狐の神様だということになり(大阪では、きつねうどんをけつねうどんと言っていたってのとは関係ない?)、狐を使いとしているインドの荼枳尼(ダキニ)と同一視されて、キツネは神の使いということになりました。
 ダキニというのがどういう神様かというと、インドではかの破壊の女神カーリー神の侍女だそうで、人間の心臓を食らう羅刹であるとか。ホラー系の女神なので、お稲荷さんの狐も、ちょっと魔物っぽくなったんでしょうねえ。
 食べ物大好きな女神の女子会風に・・。勿論、穀物の神でもあるからお酒も造れます。 
2015-10-09

月読

月読

 月読、月夜見(万葉集には月余美の文字も)はツクヨミと読んで、ツクヨミノミコト。
 つまり、月の神とされています。
 父である伊弉諾(イザナギ)が右の目を洗った時に月読が生まれ、左の目を洗った時に天照が生まれたとされ、天照大神の双子の弟ともいわれます。
 双子は先に出てきた方が下とかいいますよね。
 それと同じなのか、右と左では、日本では、左が上ということもあって、右目生まれが下の子になったのか、それはわかりませんけれど。
 以前も月夜見として登場していますけれど、この時は東慶寺の水月観音のイメージでした。
 今日が、十六夜の月で、満月であり、スーパームーンだというので、また描いてみました。
 今回は、ネット上でひろったネルソン・アトキンズ美術館所蔵の中国の「水月観音」の画像が、遼の時代のものと言われていますが、契丹系なのかどうか、プロポーションがすばらしいので、それを月読さんに・・。
2015-09-28

白山比咩神

白山比咩

白山比咩(しらやまひめ)の神は、霊山白山の女神です。
 別名に菊理媛(くくりひめ)。
 この女神は、間違いなく山の神でしょうが、日本書記には、伊弉諾と伊弉冉が、黄泉比良坂で、決別をする時に争っていたのを、この女神が現れて穏便にことを収めたということで「縁結び」の神とも言われていますが、離婚調停の調停委員のようで、縁結びとはちょっと違うように思いますが、いかが・・?
 それはともかく、この夏に一家で白山に登り、ちょっとしたトラブルがありましたが、無事下山できたのに、この女神さまにご挨拶するのを忘れていましたので、今ここにお礼申し上げます(別当出合の登山口に大きな鳥居があり、登山前と、下山後に、登山者はここで頭を下げて白山比咩神様に挨拶をしています)。
 この女神は、日本書記での名前「くくり」という読み方から、ものを括るという意味で、縁結び説もあるのですが、音で「高句麗」ではないか? ということで渡来系の神様ではないのかという説もあります。
 また、白山の開山の祖と言われる泰澄大師は、この女神の招きを受けて白山に登り、禅定道を開いて信仰のもとを作ったとされています。
 この泰澄自身も高句麗系の僧だったのではないかとか、葛城の役行者と法術比べをしたとか、なかなか面白い伝説のある人物ですが、泰澄を主人公にしたマンガをイナリさまこちらに描いておられます。
 勝山市とかあちらで見つけたこの神様の図柄は、泰澄の活躍した時代の最新流行のファッション・・つまり、薬師寺の吉祥天のような華麗な衣装で描かれていますけれど、もっと古い時代からこのお山におられたのではないかと思いますし、山岳信仰と鉱山の関係を言う人もいますので(空海さんと丹生都姫みたいに、山を借りていたかも?)、白銀風な色彩にしてみました。あ・・でも、流行の先端のお衣装も多分、どの時代でもお似合いだと思いますが・・・。(・・女神さまなので気を使います・・・)
2014-08-25

神武天皇

神武天皇

 戦前においては、日本の最初の天皇であるということから、かなりクローズアップされていた人物ですが、最近は、古事記のスーパースター素戔嗚よりもマイナーですね。
 和風の名前の神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)という以外にも、若御毛沼命(わかみけぬのみこと)とか、狭野尊(さぬのみこと)とか別名もあるのですが、この人は、天照大神の孫とされる邇邇芸命(ににぎのみこと)の曾孫にあたります。
 九州から、いわゆる東征してきてヤマト朝廷をひらいたということになっていますが、鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)の子どもとしては、4番目の男の子にあたり、三人の兄たちがそれぞれ、大和に着くまでの道中で死んでしまっているので、最初から、第一の族長であったかどうかはわかりません。
 ただ、結果的には、無事(でもないけれど)大和に入って即位をした最初の天皇になったのですね。
 神話的には、ヤマトで即位したのは52歳、死んだのが127歳とされていますけれど、まあ、話半分とすれば、64歳くらいでなくなって、大和にはいったのが26歳くらいとするか・・というイージーな発想で、若作りしてみました。
 明治に入ってから、数多く神武天皇の絵が描かれていますが、髪をざんばらにして金の冠をかぶり、首に玉と鏡をかけ、弓矢を持った姿がよくあるので、こんなイメージにしてみました。
 あ、今回でようやく1900人になりました。
2013-04-12

磐長姫

いわながひめ

磐長姫(いわながひめ)は、天孫降臨神話に出てくるニニギノミコトの物語に登場する大山祇神(おおやまつみのかみ)の娘です。
 木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は妹で、ニニギは、地上世界に降り立った後に、この山の神の娘を所望したので、喜んだ大山祇神は、姉の磐長媛とともに二人の娘をニニギに嫁がせたところ、妹は美しいが姉は醜いとして、実家に帰された・・というお話が有名です。
 しかし、八ヶ岳の方面では、この姉妹の別の伝説があります。
 富士山の女神である木花咲耶姫と、八ヶ岳の女神である磐長姫は、どちらの山が日本一高いかと自慢し合います。
 そこで、高さを比べる方法として、二つの山の間になが~い樋を渡し、中央から水を流し、どちら側に流れるかで、決めようとしますが、なんと水が流れて頭のてっぺんを濡らしたのは富士山!!
 気性の激しい木花咲耶姫は、背比べに負けて頭にきて、わちゃ~!っとばかりに、八ヶ岳に蹴りを入れた。
 この女神の一撃で八ヶ岳は山頂ばかりか、山そのものが崩れ、八つに砕けてしまった・・というお話(地質調査によると二十数万年前の八ヶ岳は標高3400メートルもあり、逆に富士山は当時二千数百メートルの小山?だったとか、北原一三氏の「花かおる八ヶ岳」(ほおずき書籍)に書いてあった)。
 神話の時代とはいえ、すさまじい姉妹喧嘩ですね。やはり、こういう二人を一緒に後宮に入れるのは恐ろしすぎたのか・・・。
 自慢の山容は、妹に壊されるわ、軽薄な婿からは「返品」されるわで散々な女神ですねえ。
 ちなみに八ヶ岳付近の道をビーナスラインというのは、蓼科山が女神とされるので、女神ならビーナスだろうってことで、命名されたそうですが、今年、ここらを走ったんですが道路はけっこうガタガタしてて、女神もお肌が荒れていましたねえ。
 八ヶ岳の岩石に紫蘇輝石がありますが、ちょっと紫がかった茶色い半透明の石ってことで、こういう色合いの女神にしてみました。醜いというより、肌が石っぽかった?
2012-09-23

沼河比売(ぬなかわひめ)

沼河比売

 暑いので、またしても水の女神さまです。
 この人は大国主命が、高志国(越の国です)で求婚した女性で、文字通り、沼河の女神で、姫川の水神です。
 彼女の子供が建御名方(たけみなかた)の神で、勇ましい水方面の神様ってとこでしょうか。諏訪大社の祭神で、今も荒々しい柱を立てる祭がありますもんね。
 しかし、このお姫様も、姿かたちがあまり美しくなかった(というか、色が黒くて醜かったとか)ので、大国主に愛想を尽かされただとか、息子も建御雷神と争って負けて諏訪の田舎に引っ込んだだとか、かんばしくないお話が伝わりますが、彼女が身を投げたとされる姫川は翡翠の産地で、建御名方も、姫川をさかのぼって諏訪湖に入たのだとされているから、もともと地元の神様でしょう。
 翡翠の女神ということで、さほどブサイクではないと思いたいですよね
 。ということで、ヒスイのアクセサリーを付けた水の女神です。 
2012-08-08

闘鶏稲置大山主

氷の神様
あっついですねえ。お盆もすんだのに、一向に秋の気配がしません。氷が食べたい!
ということで、氷の神様。
 闘鶏稲置大山主(つげいなぎおおやまぬし)は、小難しい名前ですが、この方は、氷室神社の祭神です。
 伝説によると、ある皇子様が、闘鶏山(都祁山)を散策しているとき、山のふところに小さな屋根をくっつけたような小屋を見つけて立ち寄って、「これは何?」とお尋ねになったところ、この闘鶏稲置大山主が「こいつぁ・・氷室でっせ。
 地面を深く掘って、茅を敷き、冬の間に氷を置いて草で覆っておくと、夏でも解けんのや。こいつを水や酒に入れて飲むと、うまいのなんの!」とのこと。
 これを聞いた皇子は、氷をもらって帰って天皇に差し上げると大層喜ばれ、以後、この氷室は、宮内庁御用達になった・・というお話。
 この闘鶏稲置大山主が氷室神社の祭神となっており、氷を持って帰った額田大中彦皇子と、それをもらって喜んだ仁徳天皇の3人が、お祭りされています。
 でも、なんだか・・氷の神様というより、氷屋のおっちゃん・・みたいな雰囲気なので、申し訳ないけど、こんな姿にしてみました。
 今はかき氷のトレードマークになっているみたいな「氷」の旗は、明治時代に中川嘉兵衛という人が国産氷を初めて販売した時に、トレードマークとして龍が描かれていたというので、もしかしたら、この氷の文字の下の波文様は竜文が変形したものか・・とも言われていますが、よくわかりません。
 最初の氷は函館から運ばれてきたので、♪はるばる来たぜ函館~ 逆巻く波を乗り越えて~♪(あ、ちがうか)。
 とにかく、明治の初めころから氷屋の印になったようです。
2011-08-17
 

市杵嶋姫

いつくしま

 毎日いやになるくらい暑いですが、こういうときは氷を食べたいですね。
 イージーながら、氷室神社の神様などに登場いただこうかと思っていたのですが、涼しげでない、おじさま神ではなあ・・と思っていたところ、なぜか神戸の氷室神社には、市杵嶋姫(いちきしまひめ)という女神さまが祭られているのですね。
 女神さまに氷など持っていただいたら涼しいかと・・・こんな発想の絵を描いてみたわけです。
 市杵嶋姫(いちきしまひめ)は、宗像三女神の一人で、天照大神が素戔嗚の命と誓約をして生んだ三人の女神の一人とされています。
 三姉妹の長女なのか次女なのかわかりませんが、ほかの二人が波の神で、この人が島の神だというのは、海の女神をまつる巫女が神格化されたのか・・とか、いろいろ妄想をおこしそうですが、この神様が、なぜ神戸の氷室神社に祭られているのか?
 答えは簡単(?)ですね。イチキシマヒメというのは、厳島神社の神様なんです。この方を神戸まで勧請してきたのは、厳島と神戸の両方に縁のある平清盛さんです。はい。
 古い氷室神社とは関係がありませんが、まあ、涼しくなりたいので・・・。
2011-07-04

八上姫

兎風

 今年はウサギ年ですので、因幡の白兎にちなんで、神話の美女八上姫(やがみひめ)です。
 そもそも、因幡の白兎は大国主命のお話ですが、どうして大国主命が大きな袋を背負っていたかというと、いけずなお兄さんたちの旅の荷物を運ばされていたってことですが、何しに旅をしているかというと、この八上姫への求婚旅行なんですね。
 結局、ウサギにイジワルをした兄たちではなく、親切にした大国主命が、姫に選ばれたというお話です。
 この姫様は、因幡の八上の里の姫ということですから、地域の女首長、つまり女王であったのかもしれませんね。
 白うさぎファッション?の姫にしてみました。
2011-01-01

豊城入彦

トヨキイリヒコ

  八十島祭の行われた場所の推定として、重要な関係がありそうなのが、吹田の垂水神社です。
 孝徳天皇時代の難波に、高樋を用いて水を送ったという伝説がありますが、いわば、日本の古代の水道橋ですね(ですが、多分木製だったのでしょうね。ローマのような石造りのアーチを想像するとあまりにも壮大すぎますが・・・)。
 その、垂水神社の主祭神が豊城入彦です。
 系譜は、崇神天皇の第一皇子ですが、父の天皇が、後継者として次男とどちらを選ぶべきかということで、「夢占い」をしたという説話があります。
 兄は、山に登って四方に向かって鉾を振り回す夢を見たと言い、弟は、山に登って四方に縄を張り、雀を追い払う夢を見たと応えます。これで、国を守るのは弟がふさわしく、国を広げるのは兄がふさわしいとして、弟が即位(垂仁天皇)し、豊城入彦は最前線たる東国に向かわせた・・ということになっています。
 この物語は、四道将軍の派遣とか、彼の甥の息子にあたるヤマトタケルの物語と似ているとか言われていますが、どうなんでしょうね。
 伝承では、東国に地盤を築き、上毛野、下毛野あたりの豪族の先祖になった・・ということです。
 古代は色彩に満ちていたのではないかと思っている私ですが、神社に祭られた神様ですし、お正月でもあるので、白い衣裳にしてみました。
2010-01-05

鵜萱草葺不合命

ウガヤフキアエズ

鵜萱草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)は、なんともややこしい名前ですが、出産の時に、萱作りの産屋の屋根が、まだ葺き終わっていないのに生まれてしまった早産?の赤ん坊だったのです(萱のかわりに鵜の羽で葺いたともいいますが)。
 別名は彦波瀲武鸕鶿草葺不合(ひこなぎさたけうがやふきあえず)となっているので、ナギサタケというのが本名でしょうか? とすると、激しく打ち寄せてくる波・・という意味でしょう。勿論、海に関係ある人物で、かの山幸彦と、海神の娘豊玉姫との間の子供。
 この人物の子供が、イワレヒコ・・つまり神武天皇と呼ばれる人物です。
 小林永濯の神話画から・・。永濯は、神話画を、今日イメージされるような姿に近い服装で描きはじめた初期の画家です。
2008-02-1

志那都比古

sinatuhiko

 志那都比古(しなつひこ)は、日本の風神です。
 伊弉冉(イザナミ)が、朝霧を吹き払った吐息から生まれた神ということなので、風の神とはいえ、暴風雨などになりそうではなく、なにやらやさしげではありませんか。
 日本書紀では、級長戸辺(しなとべ)という名の神なので、女性ではないかとも言われています。女神の吐息から生まれた神が姫神であるというほうがふさわしいような気もしますが・・・。
 また、シナツヒコとシナツヒメの兄妹、またはカップルの神という説もありますので、春風が待たれる昨今、男女の風の神・・ということにしてみました。 
2008-02-18

火遠理命(山幸彦)

ほお里の命

 火遠理命(ほおりのみこと)は、「天孫降臨」の邇邇芸(ニニギ)の子供です。
 兄は火照命(ほでりのみこと)といい、二人とも火に関係する名前なのは、母の木花咲耶姫が妊娠した時に、夫に疑われたので、身の潔白を証明するために、炎の中で出産したからです。その子供たちは、海幸、山幸の物語で知られています。
 兄の火照は海で漁をして生計をたて、すなわち海幸彦で、弟の火遠理は山で狩をする山幸彦でしたが、あるとき、兄弟で道具をとりかえて互いの仕事をしたけれど、うまくゆきません。しかも山幸は兄の釣り針を海で失くしてしまいます。怒った海幸は、どうしても許してくれず、新しい針100本を作っても怒りはおさまらず「あれじゃなきゃだめだ!」とわめきます。
 困り果てた山幸は、広い海のどこにあるやら・・・途方にくれて海辺でたたずんでいると、塩椎神(塩土老翁)があらわれ、わだつみの神の宮殿に行くように勧め・・というおなじみの物語です。
 やがて、彼は海の神の娘豊玉姫と結ばれて、意地悪な兄に仕返しをするのですが、助けてくれた老人の塩椎神は、伊弉諾(いざなぎ)の子供だという説もあるので、大伯父・・ものすごく年寄りの親戚。
 海幸彦、山幸彦兄弟は天照大神の曾孫。塩爺は、一族のご意見番で、「ああいう海幸みたいな頑固者には、家は任せられんな。ここはひとつ真面目そうな弟の方を援助するか・・」なんて考えたのかも。
 海辺にたたずむ山幸は、思わず年寄りが助けたくなるような、か弱い少年だったのではないか・・・と、こういうイメージにしてみました。
2008-01-31

伊弉諾と伊弉冉

イザナギイザナミ

 伊弉諾(イザナギ)と伊弉冉(イザナミ)は、アダムとイヴのような、あるいは伏羲と女媧のような神様ですが、今まで忘れておりました。
 しかし、日本書紀などによると、最初に出現した神ではなくて、始まりからは七世代目にあたるのですが、この2人によって初めて国や神が産み出された・ということになっています。
 「われの身体には、成り成りて成りあまれるところあり」「われには、成り成りて成り会わざるところあり」「われの成り余れるところを、なれの成りあわざるところに・・・」という、まあすごく直接的な会話から始まった、2人の国産みには、はじらってイチジクの葉でかくす・・なんていうことも思いつかないほどあけっぴろげなわけで、本来、日本の神々はおおらかだった・・というべきでしょうねえ。天沼矛(あめのぬぼこ)でどろどろだった地面をかきまわす・・というのも、十分象徴的な説話ですが。
 ところで、幕末から明治の頃の小林永濯という画家がいますが、その作品集「鮮斉画譜」のなかに、かの2人の神の姿が描かれています。同じ画家では「天瓊を以て滄海を探るの図」という肉筆画のほうが有名ですが、こちらは、普通に想像される日本の古代装束に身を包んだ姿なのですが、画譜のほうでは、西洋の神話画の雰囲気を出そうと思ったのか、なにやらシーツのような布を、ひだひだにまとってギリシャ衣装や、トーガ風にもみえなくもない2神が描かれていて興味をひきました。この根性、ええやんか・・しかも、女神が主導権を握っていて「ねえ、あの辺をかきまぜてみて」と指示しているような姿が気に入った。
 ということで、「西洋神話風」?の画譜の二神で描いてみました。 
 最近、ちょっと興味を持っている小林永濯については、またあらためて、無駄話日記にぼつぼつとりあげます。
2008-01-12

建御雷之男神

建御雷男神

 雷さまといえば、菅原道真だったり俵屋宗達の風神・雷神でおなじみの(風邪ひいてまんねんの)ふんどし姿の鬼ですが、古代における神話の雷神は、建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)です。
 イザナギノミコトがカグツチを斬った際に飛び散った血から生まれたと言う、生まれながらに血の匂いのする神ということで、当然武神で、剣の神様でのあります。
 事代主命と国譲りの交渉をしたときに高天原側として、荒っぽく出雲の神様の手を握りつぶしたとか、脅したとか・・まあ、穏やかな方ではありません。しかし、鹿島明神や、春日大社の祭神で、藤原氏の氏神様で、天のいかづち・・というところでしょうか。江戸時代の絵で、狩衣を着た四天王のような武装の絵姿を見ましたので、そのような衣装で描いてみました。
2008-01-05

湍津姫(たきつひめ)

takituhime

 昨日は事代主命に登場いただきましたので、その母君とされる湍津姫命(多岐津比売)です。
 宗像三女神の一人で、大国主命との間に事代主と高照姫をもうけたとされています(別説もあるのですが)。
 なぜにこの姫神かというと、神戸の三宮という地名は有名ですが、実はこの三宮神社の祭神が多岐津比売なのです。三宮神社は、最近、とみに有名になった生田神社の周りを取り囲む八社(生田裔神八社)で、その三番目ということで、この八社のことを北斗七星と関連付けるものもあり、柄杓型に八社めぐりをすれば厄除けになるという信仰もありますが、まあ、神戸の神様の一人と言うことで・・。
 宗像三女神では、沖津島比売(おきつしまひめ)が紫、狭依比売(さよりひめ)が赤、この女神の色を山吹色だとされているというのをどこかで読みましたので、黄色っぽい衣装にしてみました。
 生田神社の神様が丹色ですから、黄色もいいかなと。
2008-01-02 21:

事代主神

ebisu

 新年開けましておめでとうございます。
年頭の人物は、事代主命です。大国主命の息子にあたり、国譲りに際し、神の言葉を伝える立場で登場しますが、予言、神託をつかさどる神であろうと言われています。またえびすさまとも同一視され、釣竿に鯛を持つ姿などにも描かれます。
 私ごとですが、実家が神戸の長田にあったので、私は子供のときからずっと長田神社にお参りしていましたので、震災で実家がなくなってからも、お正月にはずっとお参りしておりました。この長田神社の祭神である事代主命を描いてみました。
 お神楽風の恵比寿姿ですが、若神として、若い顔にしました。
 本年もどうぞよろしく。
2008-01-01

住吉三神

住吉三神

 能勢の妙見様も地元の仏(神)様ですが、大阪で古いのは住吉の神でしょうか。
 住吉三神は、三つ子?の神様で、底筒男(そこつつのお)、中筒男(なかつつのお)、表筒男(うわつつのお)の三兄弟です。
 この3人は、イザナギが禊をしたときにわだつみの神とともに生まれたということで、海に関連する神で、航海の守り神とされますが、海の彼方から順次上ってくる三ツ星であるという説もあります。つまり、オリオン座のベルトにあたる3星だというのですが、星の神ではないとも言われており、詳しくはわかりません。住吉大社には、星に関連する末社もあるし、船乗りは星を見て航海するので、星の神でいいんじゃあないかという気もします。
2007-12-14

秋毘売

秋姫

 いよいよ、9月になり、新学期も始まりますので、今日は秋の神様です。
 日本のデーメーテール女神である大気都比売神(おおげつひめのかみ)の娘で、夏高津日神の妹ですから、当然、秋の実りをつかさどる神様なのでしょう。本来の大気都比売の役割を果たす神そのものだと思われますが、記紀にエピソードがないので、あまり印象にのこりません。 
 しかし、豊かな秋の気配を伝えて、これから徐々に暑い夏のベールを脱いでゆかれるでしょうから、まあ、よい季節を期待して、皆様、ご健康に気をつけて、実りの秋、芸術の秋、読書の秋を満喫いたしましょう。
2007-09-02

猿田彦

猿田彦

 お祭りの時、神様がお渡りになるときには、まず天狗のお面を被り、鉾を持って先払いする姿で知られている猿田彦です。
 邇邇芸命(ニニギノミコト)が高天原から下る時に先導をしたということで、道の神様なので、道祖神とも関連づけられ、現代は交通安全の神であることもあります。
 また天鈿女が、見出したということにもなっていますが、この時、彼女は例のストリッパースタイルで、胸をかきあけ、帯を下げて下半身をあらわにして、猿田彦を「出現」させたということになっています。彼の姿は、鼻が長く、背丈も長大で、目が大きく輝いていた・・というのですが、手に鉾を持っていたりと、そそりたつ立派な「男性」を強調しているようです。天鈿女の「女性」に反応して出現したのですから、この2人の出会いは、なんらかの性的な象徴ではないでしょうか。
 ローマの豊穣の神は、これ見よがしに、ありえないほど立派な「男性」をそそりたてて、その上に重たげな豊穣の籠などをぶら下げるという絶倫ぶりを示しています。つまりは、猿田彦も、本来はそのような野性的な豊穣の男神であった可能性はあります。
2007-08-19

高皇産霊と神皇産霊

高皇産霊と神皇産霊

 高皇産霊(タカミムスビ)と神皇産霊(カミムスビ)は、天之御中主(アメノミナカヌシ)とともに、古事記など神話に登場する最初の神ということになっており、天之御中主は、天の中心・・あるいは場所の観念的な神格化であるとすると、この2人が、本来の始祖神ではないか・・イザナギ・イザナミにさきがける原初の神なのではないでしょうか? 
 高皇産霊(タカミムスビ)は高木神(タカギノカミ)とも表現されるので、カギ・カミで、男女のカップルではないかと考えてみました。ムスビの神ですから、当然万物を産む神で、本来、こちらのほうが、高天原の神々より神格的には古いのではないかと・・伊勢神宮の近くを通ったので考えた次第です。
(もしかしてアマテラスのお爺さん?かお父さん世代?)
2007-08-18

夏高津姫

夏高津姫

 なつたかひの神、またの名を夏之売神(なつのめのかみ)。名前だけ伝わって、エピソードがないのですが、大気都比売(おおげつひめ 作物の神です)の子供なので、農耕関係で、まさに夏の神なのではないかと思い、このようなイメージにしてみました。男神か女神かわからないのですが夏之売神という名前は女性だと思われます。
 暑さも作物を実らせるために必要と考えられて、古代人は神格化したのでしょう。
 毎日、暑いですが、がんばって乗り越えましょう。
2007-08-05

素戔嗚

素戔嗚

 スサノオは、伊邪那岐(イザナギ)伊邪那美(イザナミ)の子ども達の三貴神(アマテラス・ツクヨミとともに)の一人とされます。
 しかし、出雲との関連が深く、もともと出雲の神であったものが天皇家の神話に取り入れられたものかという説もあります。勿論ヤマタノオロチ(八岐大蛇)退治が一番有名ですが、父親となった彼が、娘須勢理毘売(すせりひめ)の婿入り志願の大国主命を、いろいろと試練を与えて・・といっても、ほとんど命がけのイジメみたいなものですが(大国主ってイジメられキャラでしょうか?)またドラマとしては面白いものです。
 その婿イジメをしているような年代の素盞嗚を描いてみました。父親にとって娘の恋人というのは、まあ、ハラがたつものであるらしいです。白髪混じりの髪の中にムカデがいるって想像すれば気色が悪いですが・・。
 
2007-07-22

櫛名田姫

櫛名田姫

 祇園祭りもおわりましたが、八坂神社の祭神、櫛名田姫です。
 勿論、彼女一人で祭られているわけではありません。夫の素戔嗚命とともに祭られている、カップルの神様。
 つまり、八俣のおろちに食われそうになって助けてもらったあの犠牲の少女です。くしなだひめを奇稲田姫と表記するものもあるので、本来お米の神様ではないかといわれています。だから、田んぼの作物・・五穀豊穣の女神で、ギリシャ神話のデメテルのような神でしょうか?
 台風や自然災害の頻発するいまどき、作物の実りを祈願しましょう。
2007-07-21

水の女神

水女神

 日本の水神としては、淤加美神(おかみのかみ)があります。字は難しくて龗(雨冠に口三つ、下に龍)と表示されますが、この神には闇淤加美神(くらおかみのかみ)と高淤加美神(たかおかみのかみ)が対になっていて、どちらかが女神ではないかという推測もできますが、また罔象女神(みつはのめのかみ)は水の女神で、高淤加美神と対になっているというのもあるようです。佛教用語の水を表す閼伽(あか)が、aquaと関連があるとか言われていますが、この「おかみ」という神の名前も関係があるのでしょうかね?
 今年は水不足になるという予想ですから、梅雨をうっとうしいとは思わず、女神が清浄な水を下さり、豊かな水源を保てるように、水の神様にお願いしなくてはいけませんね。
2007-06-15

童子八幡神

童子八幡神

 若宮とか童子とか王子、などという神様は、若々しいエネルギーを表している神なので、鎌倉時代などに描かれた絵や彫刻では、子どもや、青年の姿で描かれます。
 童子八幡神といわれる、うら若い少年の姿をした神像がありますが、高貴な子ども・・ということで、高御座のようなところに繧繝縁の畳に座っています。衣装も黄色い着物で、皇太子・・といった最上級の皇子の姿なのでしょう。
 若い自然のエネルギーというなら、五月の新緑では・・というイメージで、背景は緑の木にしてみました。 
2007-05-24

丹生津姫

丹生津姫

 水銀の鉱脈を追うと、この丹生都姫の祭られている神社があるとかいわれています。
 水銀鉱山の人々に信仰された女神であったのでしょう。また、天照大神の妹の稚日女であるともいわれ、かの神戸の生田神社の祭神でもあります(こちらは、航海の女神という性格で中国の麻姑のような感じですが・・)。
 水銀朱は鮮やかな朱色ですが、深い色でもあり、昔、学生の頃、古墳の発掘で、土をはぐと鮮やかな朱が浮かび上がった時は感動ものでした。しかし、時間がたつと赤茶けて行くのが、なんだか、本当は日の目にさらしてはいけないものだったのじゃないか・・などと妙な感慨を持った覚えがあります。
 赤い女神・・というイメージで。
2007-05-23

速玉大神

速玉大神

 熊野速玉(はやたま)大社に祭られている速玉大神は、神格は、伊邪那岐(イザナギ)とも言われています。熊野信仰にはもう一人、対になる女神夫須美大神がいますが、この女神は当然、伊邪那美(イザナミ)とされます。
 神像があって平安時代のものですが、神の姿にふさわしく、時代と国をを超越した表現をしているようですので、それをもとに描いてみました。
 宝冠は黄金であったかもしれませんが、はなやかな青い色などつかわれれば美しいかと・・。衣装は天皇家の先祖(イザナギですから)なので、黄丹だろうと思いますが、あえて鈍い色合いにしてみました。
2007-05-22
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Author:乱読F
歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

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