訶梨帝母(ハーリーティ)

鬼子母神

 訶梨帝母(かりていも)は仏教説話の夜叉の一人で、日本では鬼子母神として知られています。
 自身、500人の子供を持っていたのに、人間の子供をさらって食べるということから、釈迦に最愛の末子を隠され、諭されて母子を守護するようになったというのは有名です。以前鬼子母神として、この事典にも登場しています。
 しかし、古い時代には夫パーンチカ(散支夜叉)とともに、豊饒多産のカップルとしての像がパキスタンのタフテ・バヒーにあることから、ちょっと、古代ギリシャ風の(あるいはローマ風の)女神像として興味を持ちました。
 日本の鬼子母神は、手に吉祥果を持っているのですが、いつしかそれがざくろということになりました。ざくろは中に小さな種がたくさんつまっていることから、文字通り豊饒の象徴でしょうけれど、これを「人肉の味がする」なんて言い出したのは、ちょっとホラー仕立てかも。
 パキスタンのハーリーティーは手に「豊饒の角」を持っています。 これは、ざくろどころか、いろんな果物が満載です。
 夫を省いて描いてみました。衣装の色合いは、西洋の「豊饒の女神」が赤い衣をつけているものが多いような気がしましたし、ギリシャ彫像の彩色復元では、古代の女神像は、赤紫の濃いポルポラ染風のものが目に付いたので・・。
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弁才天

弁財天
 
 今では七福神の紅一点ですが、もともとはインドの女神でサラスヴァティー
水神の一族で、音楽と芸術の女神で、財産の神ではなかったのですが、弁才天が、才能の才より、財産の財となって弁財天と変化して、財産や富貴もつかさどる女神に成り、人気が出たようです。
 日本には奈良時代くらいに伝わったようですので、五弦の琵琶を奏でる唐代風の衣装で描いてみました。

 本日はこの人名事典の11年目にあたりますが、とうとう2000人に到達しましたので、芸術の女神に登場頂きました。
2015-12-12
 

修行者

修行者

  「釈迦牟尼仏」と唱えるお経を聴いて、「お釈迦様は、無二の仏である」という風に勝手で解釈をしていましたが、釈迦牟尼とは、釈迦族の修行者という意味なのだそうです。
 ずっと前に、竜谷ミュージアムで行われている「仏教の来た道ーシルクロード探検の旅ー」のポスターを見ました。
 これは大谷探検隊の成果などを展示する展覧会ですが、そのポスターに取り上げられている弥勒菩薩の像が、いかにも古い時代の仏像だなあという感じがします。
 見慣れたぽっちゃり型の東アジアの仏様ではなくインド的というか、西方的というか、顔立ちが東アジア的でないし、装身具もゴツい。衣もギリシャのヒマティオンか、ローマのトーガといった風情ですし、髷を結う髪もストレートヘアではなく、くるくる捲き毛で、てっぺんを二つに分けたラフな結い方は、ギリシャ彫刻のアポロンなどに似ています。
 この仏像に似たもので、いまだ修業中で、俗人の姿をした釈迦の立像がありますが、その雰囲気で描いてみました。
 石造なので、色彩はわかりませんが、髪の色は、アポロンのような西洋人の色ではないだろうし、やはり仏像なので青い色にしました。
2012-04-28

ムムターズ・マハル

タージマハール

 リクエストにお応えして、「光の皇妃」ムムターズマハルです。
 インド観光の目玉タージマハールは、霊廟で、彼女の弔いのために建築されました。息を呑むような美しさで、死者の安息所というよりは、夢の宮殿みたいです。まさしく夫のシャー・ジャハーンにとっては、亡き最愛の妻との「夢を見る」ための宮殿であったのでしょう。
 ムムターズ・マハルは、かの陰謀の王妃ヌール・ジャハーンの姪にあたります。
 しかし、彼女は、17歳で皇子時代のシャー・ジャハーンに嫁いで、政情不安な中、遠征や逃避行などにも常に従いながら、死ぬまでの19年間に14人もの子供を産み続け、産褥で死にます。しかし、彼女の産んだ王子たちが、成長して王位継承争いをして殺し合い、父を幽閉したりして、王朝は不安定な時代にはいります。
 夢のような宮殿に眠る王妃のまわりは、かなり血なまぐさい時代であったのでしょうね。
 色彩的にはインド貴人の服飾は、絢爛豪華なのですが、タージマハールの「白さ」のイメージで、色を排除してみました。 
2009-05-15

不動明王

ふどうさん

 インド由来の仏ではありますが、日本で独自の信仰を集め、あちこちに「お不動さん」がいます。
 大日如来の別の姿とも言われますが、煩悩だらけで意思の弱い人間を、力ずくでもって教えさとしてくれるコワモテの仏様。
 強い力で、導いてほしいものです・・・。
 
2009-04-18

アクバル大帝の騎兵

騎兵

  昨日は象部隊をやったので、今日は騎兵隊です。
 勿論、ムガール帝国は、「モンゴル帝国」ですから、騎馬はお手の物。主戦部隊といえましょう。アクバル大帝の頃は、勇猛な騎兵は、華麗なる軍装をして、花形でありました。
 部隊指揮官の乗る馬は、華やかな馬鎧をつけて、完全武装をしています。
2009-03-19

アクバル大帝の象部隊兵

象部隊

 象部隊の兵士・・というより、象部隊の象です。
 ムガール帝国は、文字通りモンゴル人ですが、インドを支配していたので、いかにもインドらしいイメージの戦象部隊を持っていました。
 なにしろ、大砲や私財を運ぶにも馬や牛より身体も大きくて、力も強いので便利だったようですが、輸送部隊は主に雌の象を使い、派手な象鎧を着て戦場に出るのは体格の良い雄の象を使ったそうです。
 しかし、力が強いと言っても、もともとは、敵に対する威圧の効果と、乗っている人間を立派に見せ、部隊が集合する目印であり、指揮官が戦場での見晴らし・・という点で便利であったようです。
 アクバル大帝の時代になって、象を銃声に驚かぬように訓練し、小銃を持つ狙撃兵を乗せ、次第に、小型の大砲まで装着するようになって行ったそうです。
 またしても、イージーにオスプレイ・メンアットアームズシリーズの挿絵から。象兜?のみを着用している戦象です。全身を覆う鎧を着ている象もいました。
2009-03-18

インドのイギリス人

インドのイギリス人

 ヨーロッパの諸国が広くアジアにまで進出するようになると、イギリス・スペイン・オランダの各国で、勢力争いがおこりました。 
 東アジアを得意としたオランダと対抗していたイギリスは、東インド会社をおいて、インドを重大拠点とするようになりました。
 インドでのイギリスの国益にかなった活動は、インドを植民地化して、後には、直接支配することになりますが、このような時期にインドに赴任したイギリス人たちは、インドのカーストの更に上の階級と自らを位置づけ、インドの王侯貴族を真似て、宮廷のようなところで、インドの音楽や舞踊を楽しんだと言います。
 イギリス人の将校や外交官たちが、インドの衣裳を着て水タバコを飲み、女性達を侍らせ、音楽を聴く・・といったような絵も残っていますので、そのようなイギリス人を描いてみました。
2009-02-05

アルジュナ

アルジュナ

 インド最大の叙事詩マハーバーラタは、イーリアスとオデユッセイアをあわせた7倍もあるそうですが、物語は色々な神話伝説が入り組んでいて、スッキリしていないようです(と言っても、全編通じて読んだわけではありません。紹介されているのは、さわりの部分が多いので、その部分だけ)。
 その中からパーンダヴァ五王子のクル族大戦争の物語が一番まとまりがよいようです。もともとは、兄弟の王子がともに即位したのち、兄系子孫のカウラヴァ百王子組と弟系子孫のパーンダヴァ五王子組との王位継承争いです。
 敵味方色々入り乱れて、結局、神々の助けにもよって、はじめはヒドイ目にあわされていたパンダヴァ五王子側の勝利に終わりますが、さすが諸行無情の理を解するインドの国。凄惨な戦いで、百王子全てが死に絶えてしまい、深い悲しみがただようラストとなっているそうです。
 正義(かどうかはわかりませんが、一応主役サイド)のパーンダヴァ五王子のうち、アルジュナが、一番人気で、よく絵にも描かれていますし、インド宗教画には珍しい、胸当てと兜のような冠をつけているので、武装をしているのでしょう。肩当のようなものもあるので、描いてみました。彼もまた弓の名手です。

2008-12-11

千手観音

観音センジュ

 煩悩の多い衆生を沢山救うには、一本の手では足りないので1000本の手に様々なありがたい法具を持って救って下さる仏様が千手観音・・と思いきや、仏像などでは、実際には手の数を、律儀に1000本作っているものは少ないそうで、まあ、バランス的には、40本くらいがよいのでしょうね。
 六観音の信仰では、餓鬼道に落ちた衆生を救済してくれるそうですが、たしかに、強欲の罪で餓鬼道に落ちたものを救うには、何本も手がほしいところです。
 また、インドの女神ドゥルガーの変化したものだとすると、闘う神様で、なかなか激しい性格なのですが、たくさんある手の中には確かに武器も多く含まれています。
 観音菩薩は女性のように表現されますが、かならずしも女性ではありません。清水寺の千手観音などは、正面から見た顔立ちや、広い肩幅などはがっちりしていて、むしろ男性的ですが、斜めにみる顔は女性のようにも見えます。作られたのが12世紀頃ということですから、その当時「美形」と考えられた顔立ち・・というイメージで描いてみました。くちひげと瓔珞は省いています。

 ※ 千手観音については、日記に書いています。こっちと、こちら。ささやかな人気記事です。
2008-11-21

ラクシュマナ

ラクシュマナ

 ラーマーヤナの悪役インドラジットは、実は、滅びたランカ島の英雄ではなかったのではないかと思っていますが、その彼をしとめたのは、弓の名手ラクシュマナです。
 インド大衆絵画で、ラーマの背後や、横に並ぶ形で簗を背負い、弓を持った姿に描かれている若者はラクシュマナです。
 彼は異母弟にあたるのですが、ラーマが即位するのを阻止しようとした父王の第二夫人の陰謀で、ラーマが、森に追放された時に従ってきたのです。ラクシュマナの母は第三夫人ですが、彼自身は王位への野心はなく、ただひたすら兄に忠誠を誓い、最も愛されている弟です。一歩下がった、役に立つ「臣下」の役割を引き受けていて、妻シーターに対しては色々葛藤?があるラーマですが、ラクシュマナに関しては、一番安心して信頼し、頼っているようで、単なる血縁以上の間柄のように思えます。
2008-10-29

インドラジッド

インドラジッド

 ラーマヤーナは、ラーマ王子が、ランカ島の魔王ラーヴァナを滅ぼす物語で、そのきっかけは勿論シーターの略奪です。
 そのラーヴァナ旗下、最大の魔術戦士(魔道士?)といってもよいのが、魔王子インドラジットです。
 ラーヴァナの息子で、本名はメーガナーダで、これは、雷鳴という意味で、生まれた時に雷鳴が轟いたので名づけられたそうです。天界のインドラ神と戦って、一度は彼を虜にしたので、インドラに勝った者という意味のインドラジットという名前をブラフマー(梵天)から与えられました。
 ラーマが、兄弟やハヌマーンの猿軍団を率いてランカ島に攻め寄せて来た時、このインドラジットは、姿を隠してナーガ(魔蛇?)を飛ばし、兵士達の手足を縛り、矢を射かける魔術攻撃で、散々な目にあい、ラーマの異母弟であり、副官でもある弓の名手のラクシュマナまでが負傷して重態。
 ラーマたちが、姿が見えぬ彼を捉えることができずに困っていると、ラーヴァナ王の弟でラーマ側についた人物(実の叔父ですね)の助言によって、インドラジットの魔術のための祭祀場が破壊され、復活したラクシュマナによって殺されます。
 結局、父親のラーヴァナ王も殺されたあと、この「裏切り者」の叔父が、ラーマの後押しでランカの王になります。まあ、こちらにも、お家の事情も色々あったのでしょうね。
 彼らは、魔王つまりは羅刹の一族とされ、顔色が緑だったり青黒かったり、ラーヴァナに至っては十個も顔があるグロテスクな姿で描かれるのですが、ランカ島というのは、スリランカだと言われていますので、この島と本土との間にあった、なんらかの戦いの記憶がこの物語を作ったのかもしれません。
2008-10-28

シーター

シーター

  インド2大叙事詩といえば、ラーマーヤナマハーバーラタですが、そのラーマーヤナは、ラーマ王の一代記がメインストーリーです。
 クライマックスは、彼の妻シーターが、「魔王」ラーヴァナに略奪され、それを仲間とともに取り戻しにゆくというドラマでしょう。
 そのラーヴァナの本拠地であったランカ島は、彼らの「美女奪還」戦争のために滅びてしまいました。美女略奪にともない、一国一城が滅びるといえば、この略奪された女性はトロイのヘレンを彷彿とします。
 しかし、ヘレンはある意味、「女神」の意向がはたらいていて、運命に逆らえないということになっており、それ以上に、パリスとヘレンは一応「相思相愛」です。
 ですが、シーターは、彼女の夫ラーマーに言い寄って手ひどく拒絶された女性の復讐として誘拐されたのです。
 その女の兄ラーヴァナがシーターをさらって自分の城に幽閉したので、とらわれの妻を救わなければ、夫のラーマは「沽券」にかかわるので奪い返しに来るのです。
 色々な戦いのドラマ(勿論、強敵も現れ、危機もあり、男の友情もあり!)があって、見事に敵国を滅ぼして、妻を奪い返して、めでたしめでたし・・。
 のはずが、夫ラーマは、長い間略奪・幽閉されていた妻の貞操を疑う。このへんが、なんとも英雄としては了見が狭いというか、下世話というか、釈然としないところですが、まあ、凡人としては一番気になるところです。
 なにしろ、シーターは「英雄」の妻だから、当然「美女」で、その彼女をさらった男が、なにも感じないわけがなく(何も感じなかったら、それこそ美女の「沽券」にかかわる?)、お約束どおり、ラーヴァナは捕らえてきたシーターに言い寄り、美しい人妻、危機一髪です。これまたお約束どおり、シーターは拒絶し、意外と紳士?のラーヴァナは、怒って、彼女を幽閉する。何が何でも我が物に・・ではないのですね。
 ラーヴァナたちが滅ぼされ、助け出されたシーターは当然、潔白を主張しますが、ラーマに証拠を見せて欲しいと言われ(ラーマの株、暴落!)、自ら燃え盛る炎の中に飛び込み、無傷で出てきて(これは神が潔白を証明したということになるそうです)、晴れてもとの鞘に納まる・・。ラーマは、「私は彼女を信じていたが、人々の前に証明させたのだ」とのたまう(これまた、ラーマ株、大暴落!)。
 そして、王位についたラーマの王妃になるわけですが、後世の加筆かと思われる最終巻では、しつこくも、彼女の貞操をうたがう国民が、王妃にふさわしくないと言出だしたので、ラーマは、なんと「離婚」するんですね。あとで後悔してヨリを戻したいと言い出し、またまた潔白の証明を求めて、ついにシーターは、大地の底に沈んで二度と此の世に戻らなかった・・・という悲劇の美女です。なんとも・・・後味が悪いですが・・・神々の意思とはいえ、ヘレンとヨリを戻したメネラオスはエライですねえ。
2008-10-27

緊那羅

きんなら

 緊那羅(きんなら)は、八部衆の一人。「人か何か?」という意味の名前で、半神半人あるいは半人半獣とも言われてます。
 額に角があり、眉間には第3の眼がついているという異様な風貌ですが、乾闥婆(けんだっぱ)と並んで音楽をつかさどり、類まれなる美声の持ち主とか。だから、きっと歌うんでしょうね。
 一説には人面馬身だとか言われていて、これはもしかしたらケンタウロスじゃないのか・・と思ってみたりしましたが、だとすれば額の角はユニコーン? 
 ギリシャ神話でも、ケンタウロスは音楽もできるようですから、もしかしたら共通点があるのかも。
 しかし、興福寺の八部衆のスタイルで描いてみました。手に何を持っていたかわかりませんが、歌を歌うなら、手ぶらでもいいでしょう。「一曲頼むよ」といわれて立ち上がるところ? 
2008-08-27

大黒天

だいこくさん

 本来は、インドのシヴァの神の一形態であるマハーカーラー(偉大なる暗黒)といわれ、破壊と戦闘の神です。
 しかし、伝播のうちに多様な性格が付随し、仏敵を降伏させる軍神から、財を成す神へ、そして富貴の神へと変貌し、中国で福神となったので、円満な表情をした笑う財神になりました。
 日本では、『大きな袋を背負った」大国主の命と大黒(だいこく)すなわち大国(だいこく)で同一化し、いわゆる「だいこくさま」となって富貴を表す米俵の上に乗って打出の小槌を持った商売繁盛の神様になったのです。
 古い時代の、いまだ破壊の「暗黒神」の性格と、将来の富貴の神様との中間になるような大黒天の彫像がありますが、「何かを破壊してまで富貴になりたいか?」と語りかけるような不敵な表情で、それ相当の覚悟がないとお祈りできないような雰囲気の大黒天もありかな・・と。
2008-08-25

天女

天女

 なんともいえんド派手なオリンピックの開会式の最初に、宙釣りで登場したのが、電飾風色彩の「天女」だったというところで、「やっぱり~」という思いがした人も多かったのではないでしょうか。
 で、日本で天女と言えば、代表は羽衣天女でしょう。
 インド経由の仏教の飛天も、一応空を飛ぶ天人の部類ですが、典型的な天女のイメージは、やはり中国風の(日本では異国風の)衣裳をつけて、スケスケの領布(ひれ)を翻すスタイルでしょう。この領布(ひれ)が、羽衣だと思われているようですが、中国の羽人は、文字通りびっしりと羽毛の生えた、衣を着ているようです。
 典型的な天女のイメージで・・。
2008-08-17 

弥勒菩薩

みろくさん

 弥勒さまは、お釈迦様の次に仏になることを約束されている人物で、釈迦入滅後、56億7千万年の後に、姿を現し、人々を救ってくれるという未来の救世主です。
 現在は、兜率天(とそつてん 第4の天界)で瞑想・修行中ということなので、弥勒菩薩・・つまり修行中の仏さまなので、宝冠や装飾を身につけた姿で表現されることが多いのですが、すでに修行なって完成した仏としての弥勒さまは、弥勒如来として、如来様の姿になった仏像などもあります。
 梵語での名前はマイトレーヤといい、ミトラ神と同じ神様なので、ゾロアスター教の契約の神で、西方では、ローマに伝わった、牛を殺すミトラス神などに変遷します。
 日本に伝わった仏教では、かなり古い仏様の一つで、奈良時代以前から、弥勒信仰はさかんであったようで、瞑想する美形の弥勒菩薩像がありますが、中国での弥勒信仰の一形態では、此の世にあらわれた弥勒仏の姿は布袋さんで、大きなおなかと豪快な笑顔がトレードマークです。
 布袋さまも庶民的で、きさくなのですが、やはり、ここは瞑想する菩薩さまで描いてみました。
2008-07-19

地蔵菩薩

地蔵

 数ある仏様、仏像のなかでも、街角にあちこちある・・といえば、お地蔵様が一番なのではないでしょうか。
 お釈迦様が亡くなったあと、56億7千万年後に弥勒菩薩がおいでになるまでの間、生衆を救う役目を負って、六道のどこにでも出向いて救済するのがお地蔵様。担当区域も広い仏様代行、ご苦労様ですが、地獄では弁護人を引き受けて下さるので、親より先立って(親不幸をして)地獄に落ちてしまった子供を救ってくれるということで、子供の守護者ということにもなっています。
 しかし、中世の神仏習合で、春日大社の天児屋根命(あまのこやねのみこと。中臣氏の祖神)でもあるということになりました。そのために、春日山の下には地獄に通じる道があるとか・・。うむむ・・アイネイアスに出てくるエリュシオンみたいなもの・・?
 地蔵菩薩は、一般的には僧形ですが、普通の髪のある菩薩様の像もあるそうですが、ここは、まあ春日地蔵曼荼羅風のお姿で。
2008-06-25

如意輪観音

如意輪観音

 意輪観音は、六観音(生衆を救うために、六道にそれぞれ現れる観音さまの変身したスタイル)の一人で、本来は天道を担当しているそうです。
 ちなみに、観音さまの変身は、地獄道では聖観音、餓鬼道では色々与えなければならないので?手が一杯ある千手観音、畜生道はそれらしく?馬頭観音、修羅道はあちこち見回すので?十一面観音、人道は准胝観音だそうです。 
 しかし、如意輪観音は、如意宝珠(なんでも意の如くになるありがたい珠)と、法輪(煩悩を破壊する輪)を持っていて、色んな世界に出現できるので(なにしろ意のままになるのですから)、人道への出張サービスもあるそうなので、現世利益や智恵を授けてもらったり、安産などもお願いできたりします。
 そういう忙しそうな仏様でありながら、お姿は、頬に手をあてて方膝をたて、ちょっとけだるそうなお方です。人間どものあつかましすぎる要求に嫌気がさしているのかも?
 京都の千本釈迦堂の鎌倉時代の如意輪観音像のスタイルで、六本の腕のうち4本を省いてみました。宝珠を持っている手ではなくて背後についている手を生かしたので、ますますけだるげになりましたが・・・。
2008-06-18

水天

水天

 仏教で、十二の方角を守る仏様、十二天の一人で、西の方角を守る水天です。
 仏教に取り入れられる前は、イラン方面では、ヴァルナ神で、ミトラとセットになって、最高神だったそうです。
 ミトラといえば、かの牛を殺すスタイルで有名な、ローマにもある神様で、友愛や契約を表し、ヴァルナは、契約を監視したり、違反を罰する司法的な性格を持った神様だったそうですが(それが、東洋では、司法は閻魔様がいるんで)、西の竜を支配する水神としての性格のほうがクローズアップされ、日本に伝わって天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と同一視されるようになったそうです。
 ちなみに水天宮は、この神様がお祭りしてあるのですが、西の海で死んだ安徳天皇も一緒に祀られています。
 東寺に伝わる平安初期の十二天像の衣裳で描いてみました 
2008-06-03

勢至菩薩

勢至菩薩

 勢至菩薩(せいしぼさつ)は、阿弥陀如来の脇にたつ地味な方ですが、法隆寺金堂の壁画があまりにも有名なので、そのスタイルで描いてみました。
 インド名は、マハースターマプラープタ。偉大な威力を獲得した者という意味だそうです。
 智恵の光で一切を照らし衆生を救う仏様。智恵の水が入っているという水瓶を持っている姿もあって、正しい智恵を求めるものには、その水を注いで、賢くしてくれる?のですが・・。
 阿弥陀様を中心に、慈悲を表す観音菩薩が、向かって右、智恵を表す勢至菩薩が左と三尊形式でまつられるのですが、観音さまがやがて一人で人気者?になるのと違って、この方はお一人で信仰されることはほとんどなかったそうです(十二支では午年の守り本尊だそうですが)。
 説話では、観音様の弟で、兄弟二人して継母に虐待されて殺されたという前世を持っています。 
2008-05-19

乾闥婆

けんだっば

 乾闥婆(けんだっぱ)は、畢婆迦羅(ひばから)と同じく、八部衆の一人。インド名はガンダルヴァというそうです。
 インドラに仕える神で、神々の飲み物ソーマの守護者だそうです。それだけではなく、音楽も奏でるそうですが・・それって宴会屋じゃないの?・・なんていわないで下さい。神医(酒は百薬の長なんて言い出すんじゃあるまいな?)でもあり、蜃気楼?まで作り出せるそうです・・って、ますますわけのわからない神様ですね。
 興福寺の乾闥婆像は、阿修羅と同じ工房の作という八部衆の中では、多分一番丸顔ですが、私風に「改作」してみました。手に持っているのは何かわかりませんが、こういうのを手にしてソーマをついで回るのかしら・・という手つきですので・・。
 頭からライオンの皮を被っていることから、ギリシャのヘラクレスとの関係もあるのかしら? あるいは、アキレウス? 彼なら、竪琴の名手だし、酒も飲みそうだけど・・。
2008-05-13

阿修羅

アシュラ

 仏典にいうところの阿修羅王については、すでに「登場」していますが、今回はまさに中途半端なのですが、阿修羅といえばこれ!というくらい有名な興福寺の阿修羅像から。
 言うまでもなく三面六臂のまがまがしい姿ですが、修羅道でエンドレスの戦争をしている総大将・・というイメージからはほど遠く、ほっそりとして、少年体型(人によっては少女に見えるらしい)で、顔立ちも憂い顔の悩める思春期・・みたいなところが人気の秘密でしょうか。
 阿修羅王は、戦いの神で、六道絵などに登場する時は、神将のように甲冑をつけたいでたちですが、この像は、他の八部衆と違って、戦闘服ではなく、菩薩形式の装束・・すなわち条帛、天衣、胸飾り、腕釧のスタイルですので、よけいに優しげに見えるのかもしれません。
 顔も他の三面の仏像のように牙をむき出したり、目をむいた怒りの表情ではなく、皆、眉を寄せて憂い顔。ただ右面だけが、ぐっと下唇をかみしめるという変化(これもまた、好きな人が多いかも)だけです。三面を並べて描くか・・とも考えましたが、あまりじっくり見ない左面だけを描いてみました。
 もともとは赤い肌色、青い髪で、今は剥落していますが、正面の顔と同じく青い髭が描いてあったと思われますので、口ひげをはやしました。
 本来、太陽神であったものが、日照り旱魃をもたらす恐ろしい神となり、仏の教えにふれて仏法保護の神となりました。太陽の神様なら赤い顔・・ありえますね。
2008-05-12

広目天

広目天

 仏法保護の戦う仏像シリーズ?ではありませんが、今日は四天王の一人広目天です。
 広目天像ならば、東大寺の戒壇院にあるのが有名で、なにやら意味ありげなしかめっつらも、なかなかそそるのですが(一時、かなり入れ込んでいたことがあります)、本日は、法隆寺の四天王像から。
 古色がゆかしげで、スタイルも物静かで、古風な感じがしますが、もともと武装は派手だし、とても豪華な天冠をかぶり、なかなかにド派手なお方ですので、色合いをあでやかにしてみました。これに、実は顔色などは朱色なんですが、そこまでゆくとブキミなので、肌色顔です。
 広目天は、インドでの名はヴィル-バークシャ。種々の目を持つもの。あるいは尋常でない目を持つもの・・ということで、千里眼などとされ、広目天と訳されました。
 世界のあらゆるものが見えて、書き留める・・ということから筆と巻物を持っていますが、さしずめ情報処理係でしょうか。時代が下がると、紙と筆ではなく武器を手に持つ姿になるのは、情報担当の事務屋さんまで、闘わされるような世知辛い世の中になったのでしょうか?
2008-05-09

畢婆迦羅

ひばから

畢婆迦羅(ひばから)は、仏法保護の八部衆の一人
 有名どころでは、阿修羅(あしゅら)ですが、アスラは、インドラと戦い続ける悪役でありながら、釈迦の教えにふれて仏法保護の八部衆入りをしたのです。
 この畢婆迦羅は、法華経にいうところの八部衆では、その名を摩ゴ羅伽(ゴの字が出ません。マゴラカ)というそうですが、音楽をつかさどる神で、横笛を得意とするそうですが、その本性はニシキヘビです。ニシキヘビが神格化されて人間の姿をとっているということなのですが、ヘビに横笛が吹けるのか?というようなアホみたいなことは言いいません。姿形がおそろしげでも、芸術家なのでしょう。
 阿修羅といえば、勿論興福寺のものが有名ですが、その像と同じ工房の作と思われ、西金堂におかれていた畢婆迦羅像から描いてみました。
 鎌倉時代に補筆彩色されたということで、顔面は阿修羅像と同じく赤く塗られていますが、蛇の化身なので、肌色を白くしてみました(実は、はじめ、うす緑や青系の肌色に塗ったのですが、かなりヘンになったのでやめました)。髪を薄い色にしたのは、ニシキヘビの写真をいくつか見ていて、身体の斑紋は、黒か焦茶なのに、頭頂部分だけが薄い色の蛇がいたので、色あわせ?してみました。
2008-05-08

愛染明王

アイゼン明王

愛染明王(ラーガ・ラージャ)は、空海さんが密教を日本に伝えた以降にあらわれた仏様ですが、インドでの本来の神格(仏格か?)は明らかではないそうです。
 神々しくて清浄な仏はすばらしいかもしれませんが、衆生は「煩悩と愛欲」にまみれ、なかなかに現世を捨てきれないものです。しかし、この「煩悩と愛欲」のエネルギーを変換して、仏道修行にかえられるとなれば、「色気なら人一倍」を自任する人なら大いに励みになったかもしれません。
 「愛」の仏様で、手に弓矢を持つので、もしかしたらギリシャ神話のエロス(キューピッド)の成れの果て?かもしれません。
 しかし、強烈な風貌で、憤怒形の密教の明王ですから、当然怒りの表情。愛欲の仏なので、全身真っ赤に燃えていますし、髪は逆立ち、「愛」がとても強いので、その強さを頭上に獅子の頭を乗せて表現しています。しかし、どこか、その憤怒の目元の哀しげな感じが、愛の強さゆえの嫉妬の表現である般若の面にも通じるかもしれません。
 弓矢を持つ手を省略して、獅子の冠を髪の逆立ちにしてみました。
2008-03-24 

カリガト・ポトの女

カリガトポトの女

19世紀頃までのインドのカルカッタで、寺院の境内で売られていた土産物の民俗絵画をカリガト・ポトというそうです(カルカッタフォト?)。日本で言えば、大津絵のようなものでしょうか。
 大胆な線と、ベタ塗りの面で勝負するかと思うと、微妙なグラディーションを使ったり、細かな、線描きをいれたりと、なかなかに今見るととても新鮮な画法です。勿論、高級な宮廷絵画のインド細密画や、庶民の大衆宗教画も(けっこうあの派手な色彩ーこれでもか!というくらい装飾過剰で)好きですが、こういうシンプルな絵もいいですね。
 そのなかで、鏡を見る女の絵から、描いてみました。大柄?で豊満な女性が、銀細工の華やかな装身具を満艦飾につけており、鏡を見ながら化粧の最中でしょうか、仕上げに髪に薔薇の花を挿そうとしている様子ですが、彼女は高級娼婦だそうです。
2007-08-22

迦陵頻伽

迦陵頻伽

 仏典に登場する迦陵頻伽(かりょうびんが)は、阿弥陀浄土にすむという鳥。人間の顔をしている人面鳥身、あるいは上半身が人間、下半身が鳥という姿はギリシヤ神話のハルピュイアにも似ています。声を聞くと引き寄せられて遭難するだとか、そういうマイナスイメージのハルピュイアと違って、妙なる声でさえずるという楽しい(極楽ですから当たり前ですが)、よい意味の鳥です。
 天女のような姿で現されることもあるようですが、子ども・・楽しげにさえずりながら遊ぶ子ども・・といことで、ちょっと幼めにしてみました。
2007-06-24

韋堤希夫人

イダイケ夫人

  韋堤希(いだいけ)夫人は、阿闍世(あじゃせい)王の母親です。
 仏典の「王舎城物語」の主人公阿闍世は、前世にも、今世にも親に殺されかけたので、父親である頻婆沙羅(びんばさら)王をを幽閉して、食事を与えず飢え死にさせようとします。そのような時に、王妃は身体に蜂蜜を塗って王に会いに行き、王は細々と生きながらえますが、やがて息子にばれて餓死。母親も、更に厳重に閉じ込められます。
 その後の物語は、阿闍世の項にも書きましたが、このような母親としては、反目する夫と息子、・・二人ともに愛情を注いでいるけれども、関係を修復できない、板ばさみの苦労をどうすればよいのか。
 程度の差こそあれ、母としてこのような悩みを持つ人は、けっこういるのではないでしょうか。
2007-04-09

トリヴィクラマセーナ王

トリヴィクラマセーナ王

インドの古典に屍鬼二十五話という物語があります。題名のおぞましさからもわかるように、奇怪な構成の伝奇物語です。
 物語の中に物語をはめ込んでいくその技法を「枠物語」といいますが、名高いアラビアンナイト(またか!?って言わないで)の枠物語は、美しいシェヘラザードが夜伽のついでに物語る千のお話。
 しかし、この「屍鬼二十五話」は、美女の寝物語りなどという色っぽいものではなく、死体にとりつく悪鬼でヴェーターラ(これを漢語で屍鬼)が語る物語です。
 ある時、トリヴィクラマセーナという賢い王様の宮廷に行者が現れ、高価な宝石を贈ります。王はそのお礼に何が欲しいかとたづねると「まじないをするために、勇者である陛下に、死体置き場にある死骸を担いできてほしいのです」というのです。
 頼まれたら断れない王は、夜中に火葬の煙が満ち、白骨累々たる墓場の木の上にかかっている死体をおろして担いで修行者のもとに向かうのですが、その途中に「死体」は王に物語を語り、最後に正解しなければお前の頭を砕くぞと言ってクイズを出す。
 そして王が正解するやいなや、死体はあっという間に姿を消し、またもとの木にかかっているというありさま。そしてまた王は死体を担いで歩き出すと、死体は次の物語をはじめる・・これが二十五話続くのです(千話でなくてよかったですねえ)。
 ブキミながらユーモラスな屍鬼がなかなかに愛嬌があるので、こういう絵にしてみました。
2007-03-24  
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歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

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