安浦の舞姫

安浦の舞姫

 神武天皇を取り上げたので、ついでに「浦安の舞」を描いてみました。
 この舞は古式豊か・・というわけではなく、昭和15年に新作された雅楽です。
 この年は「皇紀2600年」とされていた年なので、それに合わせて作られたそうです。
 歌詩は、昭和天皇の御製ですし、宮内庁が、あ、当時は宮内省の楽長が作ったそうですので、まったくの近代雅楽ですよね。
 で、全国の神社に講師が派遣されて広めたそうですが、それが今もなおあちこちの神社で舞われる理由だそうです。
 その時に、この舞姫の衣装も決められたのだとか。
 巫女さんが舞うので緋の袴に千早を付けただけの簡易なものもありますが、本式だと緋の袴に単衣、衵をつけ、上から五節の舞姫が着る小忌衣と裳をつけるという本格的な衣装になります。
 ということで、装束の文様まできちんと決められた、近代の舞姫を描いてみました。
 現代でも見ることができますが、髪型は、巫女さんなので、ひっつめ髪に首の後ろに水引などで結わえてかもじをつけるスタイルなので、ちょっと古代風に髪を垂らしてみました。 実際こういうルーズな結わえ髪をしている神社もあります。
2013-04-14
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赤鬼

長田の鬼

 鬼といえば、赤鬼、青鬼と相場は決まっていました。
 節分が近づき、マーケットには豆が並び、鬼のお面も売っていますが、それらはたいてい赤鬼ですね。
 各地の鬼やらいの行事も多彩ですが、やはり赤鬼が登場しなければ、「花」がありません。
 以前、三鬼というのを描きましたが、私は、神戸の長田神社の近所の出身なのですが、ここの追儺式は、兵庫県の無形文化財であり、室町時代からの伝統があるということで有名で、今のシーズンになるとローカルな新聞などで盛んに取り上げられます。
 長田神社の鬼は合計7匹?もいて、彼らは、豆をまかれて追い払われる悪い鬼ではなくて、神のお使いで、火のついた松明を振り回して、悪霊や禍を焼き滅ぼすのです。つまりは、神に使わされた「天使」にして「神の代理人」なわけです。
 一番太郎鬼、次いで赤鬼、姥鬼、呆助鬼、青鬼、餅割鬼と尻くじり鬼といった名前と、それぞれの役割を持つ鬼が、松明をかざし、あるいは、斧、剣や鉾などを持って踊る邪気をはらう行事です。
 本来なら、一番太郎鬼を描けばよいのですが、この鬼は、お顔はよろしいのですが、衣裳がじじくさい・・というか、色がベージュ色なので、どうしても、昔おじいさんが冬場に着ていたラクダのシャツと股引を想像してしまって(事実、子供の時は口に出してそう言っていました!)、「うるわしく」ないのですね。
 ということで赤鬼です。あ、この行事は夜間ではなく、昼間行われますが、背景を黒にしたほうが鮮やかだろうなあ・・という理由です。
2011-02-02

唐子

唐子

唐子という題材は、人形や絵画に描かれる縁起物です。
 子孫繁栄で、優秀な子供がたくさん生まれるのはよい事だ・・とされていたので、中国から渡ってきた、子供を沢山描いた絵などに影響を受けて、日本でも作られました。
 華やかな色彩の、中国の服装をした、丸々太った健康そうな子供が遊び戯れる・・というのが基本の図柄でしょう。100人の唐子を大画面に描いたものもあります。焼物や人形にも沢山ある題材です。
 またしても祇園祭りで(夏じゃないってのに)恐縮ですが、本日の唐子は「郭巨山」の童子人形から描いてみました。手に鍬を持った郭巨人形と、笑顔の唐子が並んでいます。しかし、この山のお話は、どちらかというと陰惨なストーリー。
 老母を養うのに精一杯の貧乏な郭巨の家に子供が生まれましたが、「子供はまた作ることが出来るが、母には代わりがない」との判断で、山に行って穴を堀り、子供を埋めようとすると、黄金の釜が出てきて、それで、金持ちになって子供も育てられた・・という、母親と子供をはかりにかける・・・なんともすっきりしないお話ですが「二十四孝」の一つです。
2008-02-24

祇園祭の稚児

稚児

 長刀鉾の生き稚児です。
 普通の小学生が、素顔がわからないほどの化粧をして、神妙な顔をしているのは、いかにも、なにか別のものに変身するみたいで興味深いですね。
 夏でもないのに、祇園祭とは、まことに季節感がありませんが、剣をもって結界を切り開く神聖な童子・・ということで、なにかしら、逼塞感のある現状を打破するエネルギーを招きたい・・というまことに個人的な理由です。
 今日からまた寒くなってきました。予報では、夜には雪だとか・・。
 
2008-02-23

伊勢の祭主

伊勢の祭主

 伊勢神宮は、格式も高く、古さも古しで、なんと言っても各時代ごとに様々な歴史的な役割を果たしました。
 神社に伝わる儀式などもとても古いものが多いでしょう。遷宮のおりに作られる神宝などは、近代になってから誂えたものが残っていますが、古い時代には、祭りが終わると全て焼却したそうですから、実態はわかりませんが、その時々の工芸技術の粋を集めたものでしょう。
 その伊勢神宝の展示パンフに、夜に行われる祭りに向かう祭主(現在は女性)をはじめ、神官たちの行列がとても「古代風」で幻想的あったので描いてみました。足元を薪と提灯で照らされながら、祭儀に向かいます。
2007-06-17

中之島夫人

中之島夫人

 大阪レトロ夫人シリーズ?です。
 中之島にある大阪府立中之島図書館は、明治37年に、住友家の寄付によって建設されたものです。住友吉左衛門は、当時大阪に図書館がなかったので、「我が大阪は関西の雄府にして、人口百万、財豊かに物殷んにして、諸学競い興る。而かして図書館の設独り焉を闕く」ので建設をしようというもので、文化都市を目指したものであったそうです。
 この壮麗なネオバロック様式の正面玄関は、重厚なコリント式の円柱が並び、円形のドーム天上を頂くホールを見揚げるとなかなかのものです。現在は大阪の歴史資料、古典などが主ですが、以前はここが中央図書館であったので、よく利用したものです。しかし、カードの検索ばかりに気を取られ、円形ホールの天上など見上げたことがありませんでした。
 この正面を背景に、明治末年から大正頃の束髪の女性を描いてみました。
2007-05-28

梅田夫人

梅田夫人

 大阪レトロです。
 北大阪に住む人なら、チョコレート色の阪急電車を利用したことがないという人はいないのではないでしょうか? 大阪梅田の顔であった阪急と阪神が統合して、なんだかなあ~と思っているうちに、あの阪急百貨店の大改造工事が進んでいますが、その中でも、旧阪急梅田駅のコンコースが解体されてしまいました。 これは、昭和2年に完成し、華やかなシャンデリアが下がり、極彩色のモザイク壁画、装飾アーチの柱が並ぶ美しい空間で、夢の舞台、宝塚への入り口としては、本当に素晴らしいものでした。
 あのコンコースの閉鎖間際に、偶然梅田を通りかかって、多くの人がカメラを持って来て撮影しているのを見ました。私は、携帯しかもっていなかったので、ボケボケな写真しか撮れず、とても残念です。
 その華やかな在りし日のコンコースを通ったのではないかなというような、レトロな梅田夫人(というより、阪急沿線の人でしょう。)を描いてみました。
2007-05-27

貴志康一

貴志康一

 昨日に続いて、イージーに「ご当地ヒーロー?」です。
 といっても貴志康一は、夭折の天才音楽家として、けっこう知られていますので、純然たる「地域の人」ではありませんが、吹田市の西尾邸で生まれた・・ということで、こちらではちょっと注目されています(とはいえ、結局は芦屋の住人だったんで、甲南高校に記念館がありますが・・)。
 そして、音楽といえばヴァイオリン。ヴァイオリンといえばストラディヴァリウス(これまたミーハチックで、イージーですんません)。そして、ヨーロッパに留学から、日本に始めてこれをもって帰ってきた人・・ということになっています。現代のN響の前身で指揮をとり、作曲もこなし、音楽劇のような映画の撮影も試みたという多才な人物ですが、27歳で早世しました。
※「貴志康一―よみがえる夭折の天才」日下徳一・音楽之友社

 2006-05-03

ハリマオ

ハリマオ
♪真っ赤な太陽 燃えている 果てない南の大空に
 とどろきわたる 雄叫びは 正しい者に味方する
 ハリマオ ハリマオ 僕らの ハリマオ♪
 三橋道也が歌うこの歌詞にメロディをつけられる人は、ハリマオ世代です。ちなみに私は「とどろきわたる雄叫びは」からしか思い出せません。
 マレーの虎怪傑ハリマオは、本名谷豊。テレガンヌの日本人理髪師の家に生まれ、家族を殺された後、盗賊団に入って首領となる。それに目をつけた陸軍の諜報機関と接触を持ち、軍に利用されたのか、自身の意思か・・。しかし彼を国策映画の主役とし、「ヒーロー」に押し上げたのは日本です。評価は色々ですが、昭和35年にテレビ、平成元年に映画になりました。新(右)旧2世代のハリマオキャラを並べてみました。
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乱読F

Author:乱読F
歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

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