ルキウス・アエリウス・カエサル

ルキウス・アエリウス・ウェルス

 ルキウス・アエリウス・ウェルス
 本名はルキウス・ケイオニウス・コンモドゥス
 五賢帝のマルクス・アウレリウスと共同統治者として帝位についていたルキウス・ウェルスの父として知られている人物。
 この人には何の恨みも、入れ込みもありませんが、やっぱりちょっと気の毒なので登場させます。
 なにしろ、前代未聞の超SF(すごいふろ)大作の映画のテルマエ・ロマエが、この人を悪役設定してしまったがために、とんでもないキャラになっているんです。
 とは、いいながら、ちゃっかり映画仕様のイラストになっていますね。
 わははは・・これは実は、ナポレオンを検索していて、乗馬姿の映像にひっかかりました。
 勿論、映画も見たからなんとなくこんな画面があったかなあ・・という記憶はありましたよ。
 でも、言われてみれば、ホンマにサン・ベルナール! これはもうあのスタイルをローマ人でやりたい!というのがそもそものきっかけです(実際は濃い顔の日本人ですけど・・)。
 サンベルナールは以前浮世絵風というのをやりましたが、消化不良だったもんで・・。
 それはともかく、息子ルキウス・ウェルスと同名のこの人は、ハドリアヌスの後継者指名を受けていたけれど、皇帝より先に死んだので、皇帝は、この人の息子を後継者にするために、アントニヌス・ピウスを中継ぎにし、七歳のルキウス・ウェルスと16歳のマルクス・アウレリウスとを養子にさせたという経過があります。
 ハドリアヌスはよほどこの人に思い入れがあったのでしょうが、なぜ?というところから、いろいろ言われています。
 しかし、そこそこ有能だったそうですが、むしろハドリアヌスに入れ込まれたことこそが評判を落とした原因だったのかも・・?
 よくわからないのですが、この人のお母さんがプラウティアという名前だし、もしかしたらトラヤヌスの奥さんの系譜とか?・・・五賢帝は女系が関係あると思うので、なんかそっち方面で繋がりがるような気がするけれど・・調べられませんでした。
 ちなみに、息子のルキウス・ウェルスの奥さんが、女傑ルキラです。
2014-06-13
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パオロとヴィットーリア

パオロとビットーリア

イタリア人の男女は情熱的で、ドラマチック。
ラテン系はアモーレが大好きだと、青池さんも昔おっしゃっていたけれど、ロミオとジュリエットが、情熱的な大悲恋ならば、こちらのカップルもある意味、大悲恋・・・といきたいところですが、評判が悪いのですね。
 男はパオロ・ジョルダーノ・オルシーニ。女はヴィットーリア・アッコランボーニ
 悪評というのも、どちらも、最初の妻や夫を殺して結ばれた・・というところが、ダメなだけでなく、ヴットーリアは美人の評判をとっていたけれど、パオロのほうは、まあ・・肖像画を見ても、とてもロマンスの主人公になれるような男ではないうえに、ロミオのように若くはなかった・・。
 それでも、お尋ね者人になり、殺したお互いの一族からは追いかけられ、世間の悪評もものともせず、教会からは、結婚を拒否されてもメゲず、手に手をとっての逃避行。ある意味ドラマじゃないでしょうか。
 そして、その逃亡の果て、時の教皇が死に、ようやく二人は正式に結婚することができたのですが、その数か月後、パオロは急死(彼が殺した前妻の兄による暗殺とウワサされているそうです。その兄というのが、メディチきっての毒薬使いフランチェスコだったのが運の尽き?)。
 一人になって、さらに逃亡したヴィットーリアですが、彼女もまた、殺されるという悲劇。 
 詳しくは、こちらのいつも面白いネタの満載のルネサンスのセレブたちを読んで下さいませ。
 とても面白かったで、こんな絵を描いてみた次第。「ここまで来たら、腹くくりなさいよ!」って、悪夢にうなされそうもないのが女ではないか・・と。
 いかにも「悪人」な男より、おとなしげな肖像画の美女のほうが、実は腹が据わっていた・・なんて妄想を抱きました。
 ヴィットーリアって、サンタンジェロにもブチ込まれているんですねえ。ますますドラマです。 
2012-02-02

ジョルジョ・ヴァザーリ

バザーリ

 やはり、この人が出なければおさまりません。
 ルネッサンスの画家にして建築家ジョルジョ・ヴァザーリです。
 ルネサンスの芸術家を知るためには、絶対に避けて通れない・・というか、この人が切り開いたからこそ、ルネサンスの芸術家が有名になったのかもしれません。この人の著作がなかったら、さほど知られなかったかも。
 去年はヴァザーリ生誕500年祭だったそうで、展示会や、旅行なども計画されたそうです。建築家としての展示会などは、まだ京都でやっています。
 で、今までも、あちこちで名前が出ているのは、この人の著作「芸術家列伝」(正しくは「もっともすぐれた画家、彫刻家、建築家の列伝」だそうです)が、当時の芸術家の、その作品評や、エピソードで満載だからですね。
 だから、ルネサンス芸術家のイメージは、この本によって決まったかもしれません。
 そして、彼の画家としての技量もそこそこだし、建築家としても活動しているけれど、これほど有名になったのは、著作のせいでしょうね。
 また、他の芸術家でも、彼の本に取り上げられたからこそ、研究対象になったり、鑑賞の対象になったりですから、まあ、ヴァザーリさまさまなのかも。
 悪く描かれた人もいますけれど、おおむね、どんな画家の絵でも「ここがいいな~! あそこがいいな~!」というのが、彼の態度です。
 ところで、彼の肖像がとしては、黒いひげのサンタクロースみたいな、しかも頭のはげあがった、縮れっ毛の少し残ったおじさん・・というのが「相場」なんですが、ヴェッキオ宮殿博物館」のHPで、カッコいいヴァザーリが登場している(知る人ぞ知るらしいです)ので、そのイメージで。まだ髪もたっぷりあります。
 予約をすれば、この人に案内をしてもらえるとか。
 そういえば、名古屋城でも、おもてなし隊の信長さまに案内してもらえるらしいですね。でも、とっても俺様な案内らしいけど、信長ならありか・・。
 でも、多分? ヴァザーリさんはやさしそう・・。

芸術家列伝1 ─ ジョット、マザッチョほか (白水Uブックス1122)
2012-01-21

アントニア・カノーヴァ

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 18世紀から19世紀に活躍したイタリアの彫刻家。
 アントニオ・カノーヴァといえば、勿論、パオリーナ・ボルゲーゼ
 今や、ボルゲーゼ美術館の女主人、ひいてはイタリアの顔的存在ですね。
 もちろん、肖像彫刻も作ったけれど、神話を題材にした優雅な彫刻で知られています。
 合間には絵筆もとったそうで、これは、まあ彫刻家とはいえ、下図を描いたり、イメージを固めるのに絵を描くのは当然かもしれませんが・・。
 彼の彫刻・・それも女性像は、その肌の滑らかさや、繊細さが強調されていますが、それは、夜の闇に、ほんのり照らされたスポット照明で、部分鑑賞をする・・というような、あるいは、回転する台に乗せてのゆっくり回しながら360度眺める・・という鑑賞方法とも関連があるかもしれません。じっくり、ねっとり?見る・・ってことですよね。近くば寄っても、遠くで全身を見ても、どこから見ても美しい・・ということが要求されたようです。
 当時はすごい人気作家だったので、教皇庁からの注文は勿論、世界中から注文が来たそうですが、晩年は、病気をおしても仕事をつづけ・・忙しすぎて、半ば過労死みたいな感じではあったのでしょうか。
 彼の作品の画像はこちらで見ることができます。
 背景は「闇夜鑑賞イメージ」の三美神。
 カノーヴァの肖像画は、ナポレオン時代の短髪のがありますが、若いころの、横の髪を膨らませ、後ろを長く伸ばしてリボンで結わえたロココ風なのから・・。
2012-01-18

カルロ・クリベッリ

カルロ・クリベッリ

 この画家は、イタリアルネッサンスを代表する特色ある画家の一人だと思うのですが、意外なことに、19世紀までその評価が定まっておらず、ただ単に、一地方の画家として埋もれていたようです。
 というのも、ルネサンスの芸術家とくれば、基本文献となっているようなジョルジョ・ヴァザーリの「画人伝」から漏れていた・・ということが最大の理由ではないでしょうか。
 ということからか、この人のことはあまり知られておらなかったのでしょうか。
 同時代人でも高く評価している人もいるかわりに、メジャーではないのは、あまり地域を離れなかったことと、やはりヴァザーリに取り上げられていないってことは不利なのかも。
 ヴェネツィア出身で、若いときに人妻を誘拐したということで、評判を落とし、放浪し、やがて、片田舎?のマルケに落ち着いて、ずっと地元の画家をしていた・・ということで、地味は地味なんですが、その特色ある画風はなかなか、一度目にしたら忘れられないようなものがあります。
 有名なのはマグダラのマリア。そう、あの目つきですね。その目線は、ちょっと人を見下すような傲慢な気配が漂う。髪が、蛇のように妖しくカールした髪型もすごいでしょう? 
 この高慢そうな目の光は、ひと癖ある(娼婦あがり?)の聖女のみならず、清純なはずのカタリナや、聖母マリアにまであるのですね。
 鋭い・・というか、軽蔑を交えたようなスゴイ目は、男性像にもあり、真正面を見据える老ペテロの目はコワイ。
 そして、聖ゲオルギウスとして描かれる金髪の若者の上半身にもあります。
 そして、もう一つの特徴が、手! 繊細というにはあまりに鋭く長い指。
 若い女性も、年取った男性も、どちらにも、このっ特色ある手の指の表現はすごいです。
 例によってcucciolaさまのサイトでも、なかなかに詳しいです
 画集がほしいところですが、かのモンス・デジデリオの画集を出しているピナコテーカ・トレヴィル・シリーズで、絶版になっていて、中古ではかなり高い! これも復刻してほしいところです。
 後、すぐ見ることのできるのなら、唯一といってもいいかもしれない本が「カルロ・クリヴェッリ―マルケに埋もれた祭壇画の詩人」(石井 曉子・講談社出版サービスセンター )ですが、物足りない・・。もっと大きな絵を見たい・・。
 ということで、復刻されればいいなあ・・。
 で、石井暁子氏が、その自画像ではないかと想像している聖ゲオルギウスの姿で、私風に描いてみましたが、目つきが傲慢なのではなく、やや自信なさげになりましたが、特徴的な指は・・・実は描けなかったんで割愛。

カルロ・クリヴェッリ画集 (ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ)
カルロ・クリヴェッリ―マルケに埋もれた祭壇画の詩人
2012-01-15

ピラネージ

ピラネージ

 おおよそ、専門家であろうとミーハーファンであろうと「ローマ好き」なら、だれもがみーんな知っている・・というか、一度ならずと、目にしないのはないのがピラネージの名前ですね。
 名前のみならず、彼の版画を(好き嫌いは別にして)見ないで「ローマ」をイメージできないと言っても過言ではないかもしれません。
 そして、世界中にローマのイメージを植え付けたのが、他ならぬピラネージなんですね。
 ジョバンニ・バッティスタ・ピラネージは、18世紀の建築家です。
 今では版画家呼ばわり?されているけれど、彼自身は生涯にわたって、建築家だと思っていたと思います。
 なにしろ、当時の建築家ときたら、図面を描かなければならないので、絵の描けない建築家はいなかったのですから。
 明治時代の日本の建築家だって、その卒業図面など、額に入れて飾ってもいいくらいの「絵画芸術」なんですよね。
 で、ピラネージとくれば「廃墟の画家」とも呼ばれて、彼の描いた遺跡の絵が世界的に広まっているんですが、異色の廃墟の画家・モンスデジデリオと比較しても、デジデリオの場合は、まさに今崩れて崩壊する様なのですが、ピラネージのは、すでに崩壊し、時の試練を経て落ち着いてしまった「死んだ廃墟」なんですね。
 たとえて言えば、デジデリオの建築は、死してまさに腐敗したばかりの「骨」なのに、ピラネージはすでに白骨化して風化し、草なども生えている「骨」と言ってもいいかも。
 ピラネージは、高尚な「古代妄想」なので、古代ローマ人のいでたちで・・。
 また、彼の異色の作品「幻想の牢獄」は、古代遺跡とはちょっと違った妖しい系です。
 「牢獄」の3D映像がこちらにあります。
 グチになりますが、以前、初めてローマに行った時、年末だったので、本屋でピラネージのカレンダーをたくさん買っておみやげにしたのですが、あれ・・置いとけばよかった。ウチには一つもないのです。
2012-01-08

モンス・デジデリオ

モンスデジデリオ

 そういう名前の画家がいたかどうかもわからないというのに、その絵を描こうなんて、まあ大胆というより、厚かましいにもほどがある・・というくらいです。こちらにも書きましたが・・。
 モンス・デジデリオであろうとされる画家は2人いて、ともにフランス人のディディエ・バッラと、フランソワ・ド・ノーメの二人の名前・・ということになっています。
 しかし、デジデリオというのは、ディディエのラテン読みなら、デディエ・バッラがそうなんでしょうし、風景画家として名の通っていたバッラがモンス(ムッシュがなまったもの)・デジデリオと呼ばれていたのだそうです。
 しかし、衝撃的な崩壊する廃墟の絵は、彼の画風にあわないそうで、一度見たら忘れられない悪夢のような幻想建築(それもほとんどが闇の中に浮かび上がる風化した骨のような古代建築)を描く画家ではない・・ということで、彼と一時共同の工房で作画していたいたフランソワ・ド・ノーメが「モンス・デジデリオ」の正体だろうと言われています。(それにしても、南国ナポリの画家というのに、なんて暗いんだ~・・・)。
 彼ら二人が共同制作した「バベルの塔」という絵がありますが、その手前にいる工人の二人組が自画像ではないか・・などという想像をしている文章を読んだのですが、絵の中に自画像を紛れ込ませたのだとしても、顔の表情などはよくわかりません。
 「聖パウロと聖ステファノ」という(便宜上呼んでいる)絵があるのですが、勿論、手前に小さく描かれた聖人の絵をメインにしているのではなく、その背景にある崩壊しかけたドームやら、塔が「主人公」であるのは勿論です。
   その人物像を二人取り出して、「油釜に投じられた福音者ヨハネ」の「主人公」である幻想都市を貼り付けました。
 
モンス・デジデリオ画集 (E.T.Classics)  
2011-12-27

チェッリーニ

チェッリーニ

 「ペルセウス」の像か、「フランソワⅠ世の塩入れ」で知られるルネサンスの彫金家にして彫刻家。
 ベンヴェヌート・チェッリーニです。
 しかし、その作品の優美さや豪華さより、ご本人がとんでもなく「俺様」で、自意識過剰で、自己中なこと丸出しの「チェッリーニ自伝」で、より有名かも。
 こちらにも書きましたが、この本、まあ、なんとも勝手気ままな奴だ。
  時のフランス王やら、教皇、貴族などが、ようこんなの雇うなあって感じですが、仕事は熱心で、出来栄えはよかったのでしょうね。しかし、あまりに自分の作品と仕事を愛するあまり、他人に気兼ねだとか気遣いなど一切しない人物だったことは確か。
 そのくせ、根っからの職人かというと、そうではなく、社交やら、名誉欲やら、武勇伝などは大好きだったってところが困り者。
  雇ってくれる人すべてを敵に回し、結局仕事を自分でとれなくしてるような感がなきにしもあらず。
 しかも女性に嫌われる。フランソワⅠ世の宮廷では、エタンプ夫人と不仲になり、コジモ一世の宮廷でも、公爵夫人に、ものすごく嫌われる。
 本人が、女性を全くバカにしていた(もちろん男もバカにしてるんですが)のが丸出しだったからでしょうね。
 ヴァザーリが他人の作品を過剰にほめる傾向にあるのに、この人はけなしまくる。
 作品のみならず人格までもコケにするいのですが、自分の作品を評価してくれた人はいい人・・分かり易いですね。
 珍しくほめているのはポントルモとブロンズィーノですが、この二人は、セットで見に来て、ちょっとお上手を言っただけかもしれないのに・・。
 彼はかつて未曽有の危機「ローマ攻略」の時に、時の教皇を守ってサンタンジェロに立て籠もり、自ら大砲を撃って勇敢に戦ったことがありますが、まさしく激情すれば命知らずの英雄なんですね。
 ところが、次の教皇の機嫌をそこね、今度は牢獄サンタンジェロにブチ込まれます。シーツを裂いて縄を作り、脱獄するのだけれど、最終着地の時に失敗して骨折し、またしても閉じ込められ、今度は最低の扱いをされる。
 フェッラーラの枢機卿イッポーリト・エステ(ルクレツィアの息子さん)に救い出されますが、フランソワⅠ世に「売り渡された」と恨み、この人も勿論敵に回しますが、異常に誇り高い上に勘定高いと思われて、ある意味不幸な天才だったかも。
 脱獄するチェッリーニです。
チェッリーニ自伝―フィレンツェ彫金師一代記〈上〉 (岩波文庫)
2011-12-23

ブッファルマッコ

ブッフォルマッコ

 ブォナミーコ・ブッファルマッコは、フィレンツェの画家です。
 しかし、とんでもないいたずらをやらかすふざけた人物としての側面のほうが語られているかもしれません。
 というのも、「デカメロン」に、彼のあざといいたずらの話が出ているからですが、ヴァザーリの「画人伝」にも、彼の画業というより、お調子者のふざけた逸話のほうがたくさんのっています。
 修業時代に、徒弟に入った師匠が厳しいので、天井裏からゴキブリを集めてきてその背中に小さなろうそくをたてて歩き回らせて師匠を怖がらせた話などが出ています。
 その中で、猿と絵を競った話があります。
 ある礼拝堂の壁画を頼まれた時、依頼主の司教が飼っている猿が、足場に上って絵の具を混ぜ、色を作り、卵を割ってテンペラを作っている作業を眺めていて、画家が仕事を終えた後、無人の足場に上り、勝手に壺の絵の具を混ぜ、卵をぶち込んで、筆に浸して、出来上がった聖人像の上からべたべたべた・・。まあ、猿まねと言いますから、やってみたかったんでしょうね。
 出勤してきて、壁画がむちゃくちゃにされているのを見て怒ったブッファルマッコは、まさか猿の仕業とは思いませんから、自分か司教に敵意を抱いているものの仕業と考え、壁画を修理して、司教に見張りの番兵をつけるように言います。
 そところが現れたのは、お猿の芸術家。得意げにまた絵の具を作って、色をべたべたべた。
 これには、呼ばれて来た司教も大笑いをする始末。おかしいとはいえ、画家としては面白くないブッファルマッコは「こちらには、このような画伯がおられる以上、私の仕事はありませんから、失礼します」と言い出すので、司教は笑いながらも、再修復を依頼します。
 それならば、とブッファルマッコは、猿を檻に閉じ込め、自分が仕事をしているのを、そばで見せつけ「絵の具をぬりらたいだろう。ざまみろ」とあかんべ~をしながら仕事をしたそうです。大人げないというか・・。
 しかし、司教は、「冗談やいたずらで有名な画家をからかうとは大した猿じゃ」とこちらにもご満悦なので、業腹なブッフェルマッコは、ただではひきさがりません。
 最後に司教館に描くように頼まれた「鷲が獅子を襲ってやっつけている図」を、板囲いの中で誰にも見せないようにして描き上げ、「獅子が鷲を食っている図」にしてトンズラしてしまったそうです。
 真正面から競ったわけではないけれど、にらみあっているイメージで・・。
 背景はピサに残るブッファルマッコの壁画です。
2011-11-28

鷹匠

鷹匠

 カルパッチョの描いた「聖ウルスラ伝」の中に登場する鷹匠です。
 またしても、カルパッチョの絵の脇役ですね。
 聖ウルスラはブリテンの王女であるとされていますが、彼女が結婚するにあたって、婚約者に、結婚前にローマに巡礼をさせてほしいと頼み、その巡礼の帰途にフン族に襲われて、彼女に従っていた1万1千人の乙女とともに殉教したということになっています。
 その伝記物語の中に、イギリスの使節がやってくる場面で、大使についてきた従者たちとおぼしき人々や、大使を迎える人々などのが大勢描かれています。
 舞台はイギリスということになっていますが、カルパッチョが描く港や船などはすべてベネツィア風景
 ですから、人々の衣装や風俗もほとんどベネツィア風なんですね。
 その中から一人の鷹匠が海岸沿いの通廊にたたずんでいます。
 自慢のヒップと足を目立たせる赤いホーズに、短い上着。黒い帽子には飾りを付けたいでたちは、ベネツィアの伊達男なのでしょう。
 鷹は金の鎖でつないでいるようです。 
2011-11-26

ロッソ・フィオレンティーノ

ロッソ・フィオレンティーノ

  しつこくイタリアッルネサンスしてます。この人は、もうマニエリスムの「御大」ですね。
 ロッソ・フィオレンティーノです。
 ジョバンニ・バッティスタ・ディ・ヤコポというのが本名だけれど、赤毛だったので「赤毛のフィレンツェ人」が通り名となったって・・当時の画家はネーミングがええかげんですね。
 ポントルモと並んで奇人の代表とされるそうですが、性格は真逆で、他人から逃げるのではなく、人様にもめごとをふっかける方。
 彼の絵は、かわいらしい天使の絵が有名ですが、あれは異色で、なんだかとっても「新しい」んですね。
 十字架降下など、伝統的な背景は無視するし、体の線がかくかくしてデザインっぽい。
 ポントルモの特徴が「目」なら、この人の絵は「折れ曲がる膝」! 
 絵のどこかに膝とか肘の、かくってなってるところがある・・と思う。
 彼もアンドレア・デル・サルトの弟子ですが、絵画の伝統を重んじないということで奇人変人と言われたわけではなく、行動も変人だったらしい。
 飼っていた猿を使って隣の修道院の果樹園からブドウを盗み、坊さんとモメて裁判沙汰になって、木に登れないように猿に重りをつける刑に処せられます。その猿が、隣の坊さんの部屋に行って、腰につけられた重りを屋根にがんがん叩きつけて壊すという「天才的」な復讐をします。
 そのせいかどうか、ロッソは弟子や猿をつれてローマに逃げ出します。
 そのローマでは「ローマ攻略」にあって、捕虜となりドイツ人の奴隷になる。
 やっと逃げ出したものの、イタリア各地を放浪しながら、熱病にかかったりしてエライ目にあい、仕事に復帰したかと思うと、教会の坊さんと、またモメごとを起こして、夜逃げするという始末。
 ところが運とはわからぬもの、イタリアから逃走して、フランスに行ったところ、かのアンドレア・デル・サルトに画料を踏み倒されたフランソワⅠ世が、彼の絵を見て気に入り、フォーテンブローの宮廷に招かれます。
 師匠と違って、たくさん仕事をし、王様とは気が合い、えらい気に入られて、お給金はたぷりなのはもちろん、屋敷はもらうわ、馬車はもらうわで、王侯貴族のような生活を満喫。
 いわゆるフォンテーヌブロー派の基礎を築いたとされますが、友人と金銭が原因でモメごとを起こし、訴えられそうになったので、画材用の毒液を飲んで自殺してしまうという、唐突な人生の幕引き。
 王様は、大層嘆き悲しんだとか・・。
 ヴァザーリの画人伝にのっている肖像画は、ひげがたっぷりで、髪が少ない?晩年の姿なので、若いころのイメージです。彼の若いころの絵に、目つきの怪しい「青年の像」があるので、その雰囲気で。
2011-11-16

ルクレツイア・デル・フェーデ

ルクレツィア(モデル)

 画家アンドレア・デル・サルトの悪妻として有名なので、登場願いました。
 アンドレア・デル・サルトの描く女性はどれもこれもルクレツィアの顔をしてるというのは、かのヴァザーリが言うからなんですね。彼女が悪妻だというのも、もちろんヴァザーリが言うからです。
 人妻だった彼女に惚れ込んだアンドレアが懊悩している時に、都合よくルクレツィアは未亡人となり(毒殺説があるらしい!)、二人は晴れて?一緒になります。
 以後、彼の描く女性がすべて彼女の顔になったそうですが、それだけならいいのだけれど、アンドレアのところには、彼の画業を慕ってたくさん弟子が来たけれど、彼女がいじめるので長続きしなかったとか・・。
 また芸術好きで有名なフランスのフランソワⅠ世が、彼をフォンテーヌブローの宮廷に招いて厚遇し、国際的な画家としての道が開けそうだったのに、ルクレツィアが呼び返し、アンドレアは「必ず戻ります」と約束して一時帰宅します。
 王は彼のために支度金やら、作品の前払いをしていたのに、結局、フランスには戻らず、お金は使い果たして王様の怒りを買ったのは、ひとえに彼女のせいだ・・と、これもヴァザーリが言っています。
 きわめつけは、アンドレアが病気になり寝込んでしまうと、ルクレツィアは自分が感染することを恐れて逃げ出し、あわれな画家は誰にもみとられずに死んでしまった・・というものです。
 アンドレアの死後も彼女は40年も生きていて、ヴァザーリが、伝記を書いて彼女を批判している時も存命だったとか。
 これは、遠い昔、バザーリ自身がアンドレアの弟子の時代に、彼女にいじめられ、よほど恨んでいたからだ・・といのですが、どうでしょう?
 そのせいか、彼女をモデルにした「ハルピュイアの聖母」は、「女王のように尊大な聖母」と言われています。
2011-11-15

ポントルモとブロンズィーノ

ポントルモ

 ポントルモは、本名はヤコボ・カルッチ。ポントルモ村出身。
 マニエリスムの完成者ともいわれますが、彼の絵には一種独特の雰囲気があります。
 たぶん、一度見たら忘れられない奇妙な印象。
 あの十字架降下のキリストの青ざめた瞼とか、天使にしても、聖人にしてもみな目玉を剥いている!
  自画像すら目むいてる! 目をひらいていてもつぶっていても「目」で勝負する画家ですね。
 アンドレア・デル・サルトの弟子だったけれど、師匠に激しく嫉妬されるくらいの腕前だったとか。
 しかも、奇人変人!
 有名な話では、だれとも会いたくないので、梯子をかけた屋根裏部屋に籠ってしまって、自分の出入りの時以外は梯子をまきあげていたという逸話。
 でも、この人嫌いでも、生きている以上は仕事と食事はしなければいけないのですが、その食事を一緒にしていたのが、9歳年下の弟子のブロンズィーノ
 かなり高齢になってからも、その日記の抜粋など読んでいると、ブロンズィーノとしか食事をしていないみたいなので・・・というか、ブロンズィーノが来ないと食事しないのか・・? という印象なんで、こういう絵を描いてみました。
 彼のぐちぐちした「日記」では、身体が痛いと文句たれているのはもう60歳を過ぎた晩年ですが、二人の爺さんの食事風景・・というのも、なかなか面白いな・・と思ったのだけれど、目玉向いて天井見てるポントルモの顔が印象的なので、彼の三十すぎくらいの肖像がから書いてみました。
 ブロンズィーノは若い肖像画を見つけられなかったので、彼の印象的な絵「本を持つ若者」風に・・。 
 それにしても・・・パンだけしか食べてないけど、ポントルモがフォークでパンを食べていたという記事はどこにもありませんから・・。なんとなくこんな手つきかな・・と。
2011-11-11

黒衣の男

カルパッチョ

ルネサンスシリーズ?、ヴェネツィアの画家、ヴィットーレ・カルパッチョの絵から。
 カルパッチョの絵といえば、不気味な死骸が散らばる荒野の「死せるキリスト」とか、やはり死骸がたくさんある(食い殺された)聖ゲオルギウスのドラゴン退治の絵が有名です。色彩や、絵柄にちょっと独特のものがあります。
 彼の作品で「聖ステファノの生涯」を描いた一連のものがありますが、そのステファノが最初に「助祭」に選ばれる場面で、その儀式を見ている人物群像の中で印象に残った黒衣の男です。
 階段の上あたりにペテロが立っていて、その前に跪いて受戒するステファノを、階段下から一生懸命見上げている人物です。
 衣装は当時のベネツィア風俗で(勿論、新約聖書の時代ではありません)、黒一色の短めの上着と、白いホーズ、黒い帽子に、黒革のブーツといういでたちが、なかなかにおしゃれじゃないです?
 ちなみに、カルパッチョというと、例のイタリアの刺身みたいな料理ですけれど、この人が、チーズをかけた生肉が好きだったから・・なんて説があるみたいですが、実は、割合最近にできた料理で、ヴェネツィアのレストランが、地元の画家カルパッチョの名前を付けたとかいうお話もあり、本当のところはどうなんでしょうね。
2011-11-01

四人の画家

4人の画家

  ルネッサンスの画家たちの自画像から並べてみました・・。
と言っても、自画像として描いているのは2人だけなのですが。
 左の黒づくめの二人から。
 金髪が、ルカ・シニョレッリ(1445?~1523)。
 その隣のお坊さんはフラ・アンジェリコ(1390?~1445)。
 そして、右の赤い兄ちゃんたちが、赤毛のほうがジョバンニ・ベリーニ(1430~1516)。
 黒髪巻き毛が、アンドレア・マンテーニャ(1431~1506)。
 ベリーニとマンテーニャは、ほぼ同世代で、義兄弟です・・と言っても、「生まれはそれぞれ違っても、死ぬときは一緒だぜ」という、誓いを立てる怪しげな義兄弟ではなく、ベリーニの姉妹の婿がマンテーニャなんですね。
 仕事も一緒にしていたようですが、この二人が並んで描かれているのは、ベリーニの絵のほうで、結婚したばかりの若い姉婿(妹婿だっけ?)と、自分を並べて描いている絵があるのです。だから、たぶん、お互いの顔はよく知っていたはず・・。
 それに比べて、同じような黒い服を着て並んでいる二人組は、シニョレッリの大壁画の隅っこに並んでいるのですが、フラ・アンジェリコは、シニョレッリより、一時代前の画家ですから、並べて描いたのは大先輩に対する敬意、あるいは親しみみたいなもんでしょうか。あったことはないはず・・・。
 赤と黒が面白かったので並べてみましたんですが、一番偉そうな態度のシニョレッリが、最年少なんですが・・・。
2011-10-23

黙示録の天使

マッチョ天使

 この間から、イタリアルネサンスの画家たちの画集に凝っています。時代が時代で、いろんな場所でいろんな画家が活躍しているのが面白くて、ちょっとハマっています。
 で、今日は、シニョレッリです。この人の「新しさ」というか斬新さをいち早く見出したのは画家のジョバンニ・サンティという人で、まだ若かった彼の画風が革新的だと言っているそうです。
 このサンティという名前・・そう、彼はラファエッロのお父さんです。
 シニョレッリの筋肉質な新しい裸体画はミケランジェロに影響を与えたという説もあるそうですが・・。
 シニョレッリの絵で有名なのは、たぶん黙示録の壁画で、地獄の部分。
 悪魔がいっぱい出てきて裸の人間たちをいじめているところだと思います。以前、その悪魔も描いてみました。
 しかし、同じ壁画で「復活」の部分には、この人の「肉体好み」があますところなく出てきています。
 天使のラッパで、地底から出てきて目覚め、骸骨のまま立ち上がっているのから、痩せた背中が復活途上のやら、完璧な肉体を誇示してこっちをむいて立っているのやら、いろいろがぞろぞろ・・。
 これらの「肉体派」もなかなかなのですが、そのラッパを吹いている天使! 逞しすぎる! 着物の上半分を脱いでご自慢?の裸身をあらわにし、下半身も足丸出し。翻る衣がかろうじて腰のひもだけでとどまっているかのよう・・・って、この衣装の翻り方は、どこかで見たことがある・・。・・そうでしょう? 金剛力士ですよ。
 まさか、シニョレッリがこれを見たのではないとは思いますが、仏像っぽい天使が面白かったので描いてみました。
 右足の指を曲げてのふんばり方や、盛り上がった足の甲など、日本の仏像や、浮世絵の力士の絵なども思い出します。
 天使の吹いているラッパについては、Cuccioraさまが書いておられました。こちらです。
2011-10-19

メルキオールの従者

meruki-ru

   ベノッツオ・ゴッツォリの代表作というか、印象的というか、すぐ思い出すのが、リカルディ宮マギ礼拝堂の「東方三博士の行列」の壁画です。
 もちろん、これはキリスト誕生の時にやってきた三人の賢者なのですが、この壁画は、ルネサンス当時の服装をエキゾチックにしたような絢爛豪華な衣装と行列で、登場人物が誰をモデルにしているかということまで分かっていて、かの「特徴ある顔をした」ロレンツォ・デ・メディチまでが、紅顔の美少年の金色の王子様みたいな姿に描かれている・・といわれているあれです。
 その中で、三博士の一人メルキオールの従者と思しき若者が、小ぶりの豹なのか、豹柄の猫なのか、を馬の後ろに乗せて歩いている絵があります。
 緊張して馬に乗っている豹(猫?)の姿がかわいらしいので描いてみました。
 馬装も豪華で、わざわざ、豹君(猫君?)のために赤い上敷きも敷いてもらっています。
 首輪は黄金装飾で、若者が手にしている鎖も金です。
2011-10-11

ナスタジオとパオラ

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  ボッティチェリが描く4連作の絵画ドラマ「ナスタジオ・デリ・オネスティ(正直者のナスタジオ)の物語」は、その不可解にも納得できない内容と、絵画の美しさであちこちでお目にかかります。
 モトネタは「デカメロン」の中にある物語の一つです。「正義の残忍性により、熱烈な青年の恋が報われるお話」というタイトルがついていました。

 高貴な家柄の令嬢で、美人で高慢なパオラに恋してしまったナスタジオは、鼻もひっかけてもらえません。
 それでも、裕福な商人だった父や叔父から受け継いだ財産で、高価な贈り物をしたりして、すっかり散財し、破産寸前。
 それよりも何よりも、精神的にすっかり落ち込んで、このままでは自殺もしかねない。
 心配した友人たちが、旅でもしてこの町を離れろとすすめるので、ナスタジオは郊外の森で天幕を張ってしばらく静養することにします。
 心楽しまぬまま森を散策していて、出会ったのが、ぶっとぶような出来事。
 丸腰・・どころか、服もなく、すっぱだかの女性を、まるで、鹿か猪のように、犬を放って駆り立てる騎士。
 そして、追いつかれた女性は犬に襲われ、倒れたところを、騎士は剣で刺殺します。
 さらにその裸身を切り裂いて、内臓をえぐり出し、犬に投げ与えて食わせるという恐ろしさ! 
 ひええ~!と恐れおののくナスタジオに、騎士は「驚きももっともだが、聞いてくれ。我々は罰を受けているのだ」と説明をはじめます。
 もちろん、ナスタジオは聞きますとも・・怖くて腰が抜けて逃げることなんかできませんって。
 この二人は死者で、しかも、ナスタジオは覚えていないけれど、子供のころの知り合い・・らしい。
 どうやら、騎士は生前、この女性に恋い焦がれたのだが、残酷にあしらわれ、思い余って自殺をしてしまったのに、彼女はそれを嘲笑ったらしい。
 で、死後、彼は自殺の罪で、彼女は生前の残酷さと、自殺者を嘲笑った罪で、彼らは、金曜日ごとに蘇って、何度も殺し殺されなければならないのだ・・というのですね。
 内臓を抜かれたはずの女性は、無傷になって甦り、再び逃げ回り、騎士と犬がまた追いかけはじめるのです。
  これを聞いたナスタジオは、はたと思い当たる。「そうだ・・この光景を彼女に見せよう! もしかしたら、気持ちを変えるかもしれない!」と思い付き、金曜日に、この森に会場を設け、友人たちや、彼女や両親、その親せきなど一族の人も大勢招いて、大宴会を催します(まだまだ、金持ちなんですよ)。
 そして、宴たけなわの折、宴会場のすぐそばで、例の死霊の盆踊り・・いや、死霊の追いかけっこが始まります。
 御客たちは驚くまいことか、会場は悲鳴と怒号の中で、ナスタジオは騎士に代わって説明し、客の目の前で死者たちの残酷劇は、今日も滞りなく行われます。
  しかも、年配の客たちの中には、騎士や裸の女性の知り合いや親族もいたのですから、嘆き悲しむことこのうえありません。
 これを見ていたパオラは、恐れおののき、ナスタジオに詫びを入れ、彼の結婚の申し込みを受け入れて、めでたしめでたし・・・え?  これって脅しでしょう? 女の子を心霊スポットで怖がらせて、モノにするなんてサイテー男じゃないです? そんな根性だから嫌われるのよ。でも、当時はこれでよかったの・・?
 しかも、このボッチチェリの連作は、新婚夫婦のお祝い画で、寝室の壁画だったって・・どういう神経してるんでしょう・・という現代人の素朴な疑問があるので、色々なところで取り上げられています。
怖い絵
もうひとつのルネサンス (平凡社ライブラリー)
システィーナ・スカル  
2011-10-04

アンドレア・デル・サルト

アンドレア・デル・サルト

 ドメニコ・ギルランダイオが、飾り職人の息子だったので、今度は仕立て屋です(必殺シリーズではありませんよ・・)。
 アンドレア・デル・サルト(仕立て屋アンドレア)は、本名はアンドレア・ダニョロ・ディ・フランチェスコ。
 仕立て屋の息子です。
 ルネッサンスのフィレンツェの画家ですが、さほどメジャーではないかもしれません(少なくとも日本では)。
 彼の代表作と言われる「アルピエの聖母」という絵が、たぶん、どこかで見たことがある・・という程度かも。
 ダヴィンチの技法、ミケランジェロの構図、ラファエッロの表現をあわせ持つとか言われていますが、作品が、かなり傷んでいて、もとの華麗な色彩を失っているもの多いそうです。
 勿論、これらの3巨匠と同時代人ですが、かのヴァザーリが、「妻が彼の才能を台無しにした」風の発言の影響もあるかも。
 もちろん、この聖母もそうですが、ほかのどんな絵の女性像も、彼の妻のルクレツィア(そういう名前なんです)の顔をしているそうです。妻が理想の女性だったというなら、それほど幸せなことはないわけで、彼の絵に繰り返し現れる、ルクレツィアの顔がいやなら、絵の注文なんかないでしょうに。
 多かれ少なかれ、画家は、同じような顔を繰り返し描くんですから、それが妻の顔だからって、大きなお世話だと思うのですが。ダヴィンチなどは、モナリザまでサライの顔だって言われているんですから。
 若いころのアンドレアのイメージで。
 背景に張り付けたのは、「信仰」の寓意画ですが、この女性像も、もちろんルクレツィアですが、こんな少年っぽいころにはまだ出会ってないかも・・・。
 「イタリアスネサンスの巨匠たち」というシリーズに今ハマっています。
ボッティチェリ (イタリア・ルネサンスの巨匠たち―フィレンツェの美神)
2011-09-29

ギルランダイオ

ギルランダイオ

 ドメニコ・ギルランダイオ、本名はドメニコ・ビゴルディ。
 ギルランダイオというのは、父親が金細工師であったので、「環の髪飾り」ギルランダイオと呼ばれたあだ名です。
 日本語に訳して「花飾りのドメニコ」なんて言われているので、私のイージーな思い付きとして、ああ! 必殺シリーズの「飾り職人の秀」だ!・・ということで、こんなイメージになりました。
 本人は、もう少し髪が長いのですが、絵筆をくわえた「飾り職人」。イタリアには、びらびら簪ないからなあ・・・。
 だって、あのとき三田村邦彦は、まるでバテレンのシャツ・・みたいなのを着ていたでしょう? 
 ギルダンダイオの自画像に、色は違うけど、あれにそっくりで、右側にボタンが並んでいるのがあったんですよね。
 ですが、あえて、衣装はあれではなくて、「若い男の肖像」という印象的なギルランダイオ作の肖像画の伊達男の服装にしてみました。
 黒い上着の裏側が黄色で、その襟を折り返して下に着た赤い服をさりげなく見せる。色彩が面白いでしょう?
 で、ギルランダイオは、ルネッサンスの画家ですが、フィレンツェで生まれ、ほとんど離れず、聖画の登場人物も、依頼人や一族の人々のそっくりな顔で、絵の背景となる風景もフィレンツェ。
 つまりは、地元のご近所絵師で一生を送った人です。
 一度だけ、遠出をしたのは、バチカンの依頼でシスティーナ礼拝堂の壁画を描きに出かけた時です。
 システィーナ礼拝堂は、ミケランジェロの(当時としては)ぶっとんだ天井画ばかりが有名ですが、周りの壁には、ボッティチェリペルジーノたちとともに、ギルランダイオも壁画を描いています。
 彼の絵に、絢爛豪華な宝石入りの帽子や、ネックレス、豪華な宝石入りの襟飾りなどが丁寧に描かれているのを見ると、やはり、飾り職人の家の子かなあ・・なんて思いません? 
 背景に張り付けた「三博士の礼拝」に登場の三人のおじさんたちは、特に豪華な宝飾品を身に着けています。 
2011-09-25

哀悼の天使

カノーヴァの天使

 各地で、毎日更新する最高気温の記録。ほんまに、この異常なほどの暑さ。一体、地球はどうなってしまうのでしょう。
 あまりに暑いので、着ているものを全部脱いでしまいたくなった・・・というわけではありませんが、裸同然の姿でたたづむ天使です。
 アントニオ・カノーヴァといえば、プシュケとアモル(逆だっけ?)のアクロバティックなキスシーンとか、かのナポレオンの妹ポーリーヌの彫刻や、ウェリントン卿がもらったナポレオンの裸の彫刻などを思い出しますよね。
 ローマで古代彫刻などの研究をしたので、この人にとっては、「古代ローマ風」といえば、半裸どころか、ほぼ全裸というのは当たり前のスタイルたったのかもしれません。
 人気彫刻家だったので、地元の教皇庁のお仕事はもちろん、フランスやスペイン、イギリスや、ロシアからも注文が殺到したということです。
 この哀悼の天使は、墓石の彫刻ですので、打ち沈んで静かに嘆き悲しんでいるところです(感情たっぷりに嘆いている天使はこちら)。
 大理石なので、色はついていませんから白っぽく(実は、色を塗ってみようかな・・なんて思っていましたけれど、なんか風呂上がりの図・・みたいになりそうだったのでやめました)。
2011-07-11

ペルシャの巫女

ペルシャの巫女

 システィーナ礼拝堂の天井画は、天地創造の場面を描いて圧倒的な迫力で、天井から迫ってまいりますが、これが、まあ、頭がい骨を描いたかどうかは、別として、細部にこだわれば(といっても、とってもデッカい絵なのですが)、天地創造神話の周りに、7人の預言者と、5人の巫女(つまりは女預言者)が描かれています。
 その中で、巫女・・つまり女性像は、一番人気がデルフォイの巫女(顔が美人)で、二番手はリビアの巫女。背中のラインと横顔が美しい。そしてエトルリアの巫女はたくましすぎる腕ながら、色白で顔はきれい。
 で、あとの二人、ペルシャの巫女クマエの巫女はあまり問題にもされません。というか、まあ参考程度・・というのは、この二人がばあさんだからですね。
 ところで、以前クマエの巫女を登場させたのですが、ローマの建国神話と関連のある女預言者だからなのですが、今回は、もう一人の注目度の低い?年配のペルシャの巫女です。
 年寄くさい?頭に布を巻いた姿に長袖のババシャツ(わ~・・もう古典的な表現だ~)を着こんで、マントまでかぶっています。
 手などはゴツゴツして、ばあさんの手というよりは、じいさんの手です。
 しかし、この方は5人の巫女のうち、唯一、「靴」を履いているのです。色合いは少し地味目にしてみました。
預言書を覗き込んで「未来」を憂えているのか・・・。
2011-06-28

ティモテオ修道士

ティモテオ修道士

  サマセット・モームの「昔も今も」を読み、戯曲「マンドラゴラ」も読んだという話をしましたが、どちらにも登場する、ティモテオという修道士です。
 特に、マキャベリを主人公にしたモームの小説では、面白すぎるくらいの鉄面皮。
 偽善の仮面がすっかり身について(まあ、坊さんは誰しも多少ともそうでしょうが・・)、おまけにその「仮面」が、モームに言わせると「古代ローマ皇帝」のような顔だというのだから、これは、なかなか興味がそそられます。
 肖像彫刻の代表といえば、古代ギリシャ・ローマの先人たちでしょう。しかも、とある皇帝、それも、どうやら権勢と淫乱の果てに暗殺されたという、教科書のような悪徳皇帝に似ているというのだから!
  ローマの皇帝で、軍人皇帝の時代に入れば、暗殺は日常茶飯事ですし、ユリウスクラウディウス朝にしても、カエサルはもちろん、ティベリウスもクラウディウスも暗殺のウワサはありますし、カリギュラに至っては、間違いないし、ネロだって、自殺だけれど、まあ、追い詰められて殺されたようなもんだ。  
 あえて、だれだとは特定しないほうがいいのだけれど、なにやらドミティアヌスっぽい。またコンモドゥスにもそれはいえる。
  小説では、マキャベリが恨み骨髄。良心の欠如、貪欲、悪徳、偽善、狡猾・・・くそったれ~!と絶叫します。
 でも、み~んな自分の恥知らずな行為を棚に上げての叫びなので、智謀をもってなる彼を出し抜いたこの坊さん・・カッコいいじゃないですか♪
 ということで、なんとなく古代ローマ人風の顔。たぶん、前髪がくるくるしていたのではないかと思うので、こんなイメージにしてみました。モームによれば、彼はフランチェスコ会の修道士です。
※昔も今も (ちくま文庫)
2011-06-24

アルテミジア・ジェンティレスキ

アルテミジア

 女流画家のアルテミジアといえば、必ず出てくるのがユーディットです。
 彼女は、いくつかのユーディトの絵を描いているので、まるで、ずーっとユーディットばかり描いていたような印象を受ける文章もあります。
 ユーディットは、旧約聖書の物語で、多くの人が描いていますし、アルテミジアの画法上の師匠ともいうべきカラヴァッジオも、勿論描いています。
 この題材が「もてはやされる」のは、なにしろ、うら若き美女が、(ベッドをともにした)敵の権力者の大男の首を切り取ったというところがドラマです。
 豪華な服装の美女と切り取られたおそろしげな男の首の取り合わせが「絵心」をそそるのでしょうね。
 サロメと同じくらい人気画題です。
 そのファッション優先のユーディットを、まさに首を切っているシーンで描いたのがカラヴァッジオのすさまじさですが、女流画家のアルテミジアのユーディットは、もっとスゴイ。
 他の画家のように(カラヴァッジオでさえ)細身で楚々とした美女ではなく、堂々としたたくましい腕をした大柄な女性で、まさにゴシゴシという感じで男の首を切っています。
 このおそろしさは、何ぞ、オトコに恨みがあるに違いない・・ということで、たいていは、ここで彼女の「不孝な」事件が語られます。
 画家の娘で、才能のあったアルテミジアは、さらに画業の修行をさせるべく、父親が友人の画家に娘を預けたのが「不孝」のはじまり。このセンセイがとんでもない男で、預かった生徒の彼女に「結婚してやるから」と騙して関係を持ってしまうのです。
 知った父親は怒り心頭。「娘を強姦した」と訴えます。
 この当時のローマでの裁判は、十代の女性であった彼女が、被害者でありながら、拷問を受けて証言するというとんでもない裁判ですね。
 この種の事件は、今でも男性検事などが興味本位の尋問をするというウワサですが、当時は本当にひどかったのでしょうね。
 こういう目にあった彼女ですから、さぞ男を恨んでいるに違いない・・などという「憶測」で、ユーディットがことさら残虐に描いている・・という説があるんだそうです。
 しかし、彼女はその後、フィレンツェに行って結婚もしているし、子供も数人持っており、画家としても、いろいろな仕事をしているので、何時までも若い頃の「事件」にこだわっていたとは思えません。
 あえて、色んなことに堂々と立ち向かったのではないかという気がします。
 自画像もありますが、あえて、彼女が描いた「これから首を切ろうとするユーディット」のいかにも決然としたポーズで・・。
2011-02-23

古式サッカーの競技者

古式サッカー

 フィレンツェの古式サッカー(カルト・ストーリコ・フィオレンテーノ)については、サッカーの起源である(別の説もあり)とも言われているようですが、足しか使わないサッカーとは別物で、手も足も勿論、体当たり、飛びつきなんでもありの激しい競技で、ボールを介しての集団レスリングみたいな感じかなあ。
 セレモニーでは優雅な中世の衣裳を着ています。
 もともと、兵士たちの訓練のための競技だったみたいで、そういえば、この衣裳(ズボンだけですが)バチカンの衛兵にも似ていますよね。競技がはじまると上半身裸になるみたいです。
 チームは赤・白・緑・青の4組で争われます。
 この色合いを見れば思い出すのは、勿論あれですね。古代ローマの戦車競争! これまた各サポーターというかファンというか、応援する連中の激しさも相当なもので、この古式サッカーもかなり激しいものだそうで、場外乱闘などがすごいので、最近も中止されたりしたそうです。
 この競技をモデルにしたのであろうかと思われるのが、「裸のローマ帝国2000と2分の一前」に登場していました。コロッセオのような競技場で試合をしていた。この映画は、レスリー・ニールセンの「裸シリーズ」ですが、イタリアで撮影し、イタリアのコメディ俳優が主人公で、パロディは、かなり本格的なローマものに仕上がっています。
 今年の11月28日に、レスリー・ニールセン亡くなりましたね。
 大いに楽しませてくれたおちゃめなおじいさんだった・・。けっこう好きだったんですよね。少々下品ですが・・。(「吸血鬼ドラキュラ」はパロディの名作だと思います)和風に、ご冥福をお祈り申し上げます。 
2010-12-19

カルロ・ボッローメオ

聖ボッローメオ

 貴族の出身で、ピウス4世の甥にして、枢機卿、ついでミラノ大司教という高位の聖職者であったカルロ・ボッロメーオは、死後に聖人に列せられました。
 というのも、ミラノでペストが猛威を振るった折に、貴族や金持ちなどが、こぞって罹患を避けて、ミラノを離れてしまった時に、疫病が蔓延するミラノの市中に出て、私財を投げ打って、救援にあたり、自ら先頭にたって患者の救済や、死者の埋葬などに走り回りました。病気の拡大の防止のために外出を禁じられ、聖堂に行けない人々のために、十字架を持って祈りに出かける坊さん、いわば教会の出前のような組織まで作ったそうです。
 この人が、キリストの物語の擬似体験の場を作ろうとしていたのが、サクロモンテです。
 折から、北の方で起こった宗教改革の嵐に、ミラノという地は、ある意味、カトリック信仰の前線であったのでしょう。そのためにも、より分かりやすく、より迫力をもって布教しなければいけなかったので、立体壁画による聖地の再現、キリストの生涯の再現というものが生まれました。サクロモンテはこちらにも少し書きました。
 そして大司教さま自らが、このド迫力の3D再現ドラマに、大層ハマってしまったのですね。
 たびたび、ヴァラッロのサクロモンテを訪れて泊り込み、夜に、たった一人でランタンを持って、礼拝堂を訪ね、黙想に浸っていたそうです。そして、彼がなくなる直前も、サクロモンテに籠もっていたので、この場所で、天使から死期を告げられたという伝説まで生まれました。
 「ヴァラッロのサクロ・モンテ―北イタリアの巡礼地の生成と変貌」(大野陽子・三元社)を読みまして、まあ、このペストの聖人と、劇場型擬似聖地との関連を知りました。今でこそ色合いが剥落したり、植えつけられた人毛が抜けたりしていたんでいるのですが、製作当初に、暗いランタンや蝋燭で、これらの塑像を見たならば、かなり迫力があったのだろうなと思います。
 夜道をたどるボッロメーオ大司教です。
 ちなみに、ローマで、ボッロミーニが建設して、ベルニーニがけなしたとかいうサン・カルロ・アッレ・クァットロ・フォンターネ教会は、サンカルロつまり、この大司教に捧げられていますし、ボッロミーニという名前もこの方からきています。
2010-12-05

女王の侍女

侍女22

 まだしつこく「聖十字架伝説」です。
 ピエロ・デッラ・フランチェスカの大壁画の中に、シバの女王が登場します。物語は、古い時代なんですが、かのシバの女王が、将来(将来ですよ!)、キリストが磔になるはずの木を見つけ、ソロモン王にそのことを教えるというエピソードがあるのですね。
 すぐれた預言者である女王ならではの、伝説だ・・ということなんです。
 勿論、時代はとっても古いはずなのですが、ピエロ・デッラ・フランチェスカは、時代考証をするのではなく、王や、女王は、かくあるべきだという同時代の風俗で描いています。
 その女王の一行の侍女の中に、同じような顔をした他の女性たちと違って、この画家の絵にはちょっと珍しい、目のくりっとした、個性的な顔をした侍女が登場します。別の場面でも同じ人物と思しき顔が、あるので、実在のモデルがいたのではないでしょうか。
 全身像を引き出してみました。
2010-11-26

大后の拷問係

拷問係

  ピエロ・デッラ・フランチェスカの大作「聖十字架伝説」は、ドラマチックな場面をあくまでも冷静に・・あるいは冷酷に描いています。
 「黄金伝説」の物語によれば、キリストが磔にされた聖なる十字架は、そんじょそこらの木片ではなくて、なんと人類の始祖アダムにまで遡る、とんでもない「由緒」があるのですが、そんな古い話はおいといて、ハイライトの一つは、ヘレナ母后が、エルサレムで、十字架を発掘する物語です。
 ヘレナ母后(誰の母かというと、コンスタンティヌス大帝です)は、エルサレムのどこかに埋められている聖十字架を掘り出そうとするのですが、それを知っているはずの人物(なんと偶然にもユダという名前!)が、教えようとはしません。
 そこで、この男を井戸につるして拷問すること7日。ついに白状した場所を掘ってみると、3つの十字架が出た(まあ、2人の泥棒と一緒に磔になったんですからつじつまがあいますね)。
 では、そのうちのどれがホンモノか・・。たまたま(!)通りかかった葬式の行列に、一本ずつかざしてみると、一つをかざした時に、なんと死人が生き返った! ミラコ~!! 「これぞホンモノであるぞ。わらわは大満足じゃ!」ということで、ヘレナ母后は見事、真の十字架を探しあてたのでした。めでたし、めでたし。
 その後、色々ありまして、十字軍の諸君などにより、ヨーロッパ各地に聖十字架の断片が分散して持ち帰られています。バチカンのサンピエトロ広場に立っている巨大なオベリスクの天辺にも聖十字架の一部が納められているそうです。
 ということで(どういうこと?)、ピエロ・デッラ・フランチェスカの壁画の中で、小姓のような金髪のお兄さんが、井戸から髪をつかんでユダを引き上げている場面があります。「とうとう、白状する気になったか?」というところでしょう。
 壁画の拷問係りは3人いて、皆同じような衣裳の若者で、あとの二人は、つるしていた縄を引っ張っています。
 どうしてこのユダが場所を知っていたのか知りませんが、彼が白状した場所が、ヴェヌス神殿だ・・ということだったので、もしかしたら異教の神官だったのかしら? 信仰の名の下に拷問されるなんて気の毒ですね。
2010-11-22

ピエロ・デッラ・フランチェスカ

ピエロデッラ

 久々のイタリアンです。
 ピエロ・デッラ・フランチェスカといえば、思い浮かぶのは、アレッツォのサンフランチェスコ聖堂の「聖十字架伝説」の壮大な壁画でしょうか。
 それとも、両脇に左右反転描きの天使を従えた、大きなおなかに手を置く「出産の聖母」を思い出すでしょうか。
 凝りに凝った遠近法と手前の謎の3人の人物がいる「キリストの鞭打ち」の絵でしょうか。
 いずれにしても、人物の描き方は、表情が静謐で、まるで仏像のように正面むきの絵が印象に残ります。
 激しい戦闘場面でも、無表情の剣をふるう人物と、これまた無表情に咽を切り裂かれて死んでゆく人物など、ちょっと無気味さがただよい、なんだか忘れられない印象の画風です。
 人物描写もさることながら、数学者でもあった彼は、遠近法を駆使して、不可思議な空間背景をを作ります。
 代表はキリストの鞭打ちですが、「受胎告知」の絵も、なにやら異様な建築後世で、天使と聖母、天上の神の姿が、柱や二階の区切り線でマンガのコマ割のように別けられます。
 生涯のほとんどを故郷の近辺で過ごしたと言う画家ですが、ウルビーノのフェデリコ・ダ・モンテフェルトロや、シジスモンド・マラテスタ などの絵を描き、彼が遠近法を教えたのが建築家のブラマンテだ・・などというのですから、なかなか重要人物ではありませんか。
 若い頃のピエロ・デッラ・フランチェスカをイメージして、背景はアレッツォ(だと言われている)の町の絵です。 
2010-11-19

ロベール・ギスカール

ノルマン騎士2

 またしても、ノルマンです。
 南イタリアにおけるノルマン人のドン。
 フランス風にはロベール・ギスカールですが、ロベルト・グイスガルドでもいいです どちらにしても、「悪知恵ロベルト」みたいな意味です。
 彼は、イギリスを制圧したことで、ウィリアム征服王と呼ばれるノルマンの王様の家来の一人(かもしれない?)タンクレディ(これもよくある名前のようです)のノルマン人の13人もいる子供たちの一人でした。
 なんでも、出稼ぎに出た兄たちがイタリア方面で成功しているらしい・・ということで、彼もまたブラリとノルマンディを出て、イタリアにやってきました。
 そこで、傭兵稼業で名を上げ、まあ、ひとかどの人物に成り上がったのですね。
 それについては、勇敢であり、狡猾であり、意思強固であり、邪魔者には容赦しない・・という性格が何よりの武器でした。
 それだけではなく、人並み外れて長身、金髪で血色がよく、眼光鋭く肩幅が広かった。がっしりとしているべきところは、がっしりとして、引き締まるべきところはひきしまっていたというからには、プロポーションも抜群だったらしい。しかも気品があった・・
 とは、女流史家のアンナ・コムネナが言っているらしい。彼女はビザンチンの皇女さまですから、敵がたであるはずなのですが、金髪の大柄の男性が「好み」だったんでしょうかね。
 このロベールの息子の一人が、かのボエモンドですし、孫がタンクレディなんですが、シチリアを手に入れたルッジェーロ1世は息子、ルッジェーロ2世は孫に当たります。子孫がシチリア王となる方々です。
2010-10-29
プロフィール

乱読F

Author:乱読F
歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

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