バトゥー

バトゥー

 モンゴル帝国が拡大して、元朝と4汗国になったと、昔世界史で習いましたが、今はどうなのでしょうか?
 西方領土の拡大を進めたのがバトゥーです。西方遠征軍の総司令官になったのが28歳の時。
 チンギス・ハーンの長男ジュチの息子ですから、オゴタイやトゥルイなどの甥にあたり、もしかしたら、大ハーンの位も夢ではない人物ですね。
 ヨーロッパ側からは「モンゴルのくびき」として怖れられ、キエフ公国を滅ぼしたことによって、ロシアの中心が北上したといわれています。
 ヨーロッパの資料に表れるバトゥーは、残虐で冷酷、敵に対しては全く温情がなく、男女問わず皆殺しの悪魔のように言われていますが、モンゴル人からは偉大な君主と称えられたそうです。戦争は殺し合いですから、どのような英雄も勝った方から一面的にしか語られない宿命です。
 モンゴル将のバトゥーが、どうして、まるで中国の連環画の武人のようないでたちなのだ・・といわれそうですが、ポーランドのモンゴルの歴史を書いた本の挿絵に出ているという姿が、甲冑の構造など、少々怪しいところもありますが、あまりに「中華風」なので、それふうにしてみました。黄金の武具と赤い衣裳が華やかです。
2009-02-16
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ソルカクタニ・ベキ

ソルカクタニ・ベキ

 昨日登場したトゥルイの妻。
 ケレイト部族の出身。ケレイトというのは、チンギス・ハーンの父親エスガイと盟友(アンダ)であったトオリル・カンあるいはオンカン(ワン・ハン)の部族です。
 ケレイト部族はネストリウス派のキリスト教徒であったことから、ヨーロッパで、十字軍やエンリケ航海王子にまで信じられていた、伝説の王プレスター・ジョン(東方にあるキリスト教徒の王)だと信じられていました。
 ソルカクタニ・ベキは、トオリル・カンの姪(父がカンの弟)で、姉がトゥルイの長兄ジュチの妻です。
 夫の死後、ジュチの息子バトゥー(従って甥にあたる)と組んで、自分の息子であるモンケやフビライを大ハーンの位につけるのに陰謀をめぐらした・・とも言われています。
 彼女の曽祖父にあたる初代のケレイト王が殺されたとき、その妻は、策をめぐらせて仇敵たちを酒宴に招き、馬乳酒を入れる皮袋に兵士を潜ませて、酒席で殺しまくったという女傑です。彼女の曾祖母であるかどうかわかりませんが、行動的な女性の一族なのでしょう。
2008-10-20

トゥルイ

トゥルイ

 チンギス・ハーンと正妃ボルテの末子。
 父ハーンの最愛の息子で、常に父の側にあり、20歳頃から副官を務め、もっとも「玉座に近い」皇子。有能な将であったけれども、敵に対しては、冷酷非情だったそうです。
 父の死後、モンゴルの末子相続の掟に従って、莫大な財産を相続しました。
 大ハーンの位も彼が継ぐべきだとも言われましたが、チンギス・ハーンが後継者指名していたのは三兄のオゴタイ。長兄のジュチと次兄のチャガタイの間に確執があったので、いわば喧嘩両成敗ということが理由ですが、ジュチの出生にからんで、チャガタイが自分が本当の長子だと主張していたので、将来のお家騒動の封印かも。
 トゥルイは、兄の即位の後も副官を務めますが、ハーンより裕福で、軍事権を持っている実力者の弟というのは、いかがなものでしょうね。
 オゴタイの対金戦争で、大いに金軍を破って戦功を上げての帰還の折に急死しています。これがなかなか神がかった説があり、病にかかった兄の代わりに、毒酒をあおいでわが身を捧げたということになっています。なにやら、周公旦の話に似ていますが、声望のある実弟が邪魔になった兄が始末した・・・などという説もあるそうですが、結局は後に、彼の息子のモンケフビライにハーン位は継承されます。
2008-10-19

フビライ

ふびらい
 モンゴル好きな方もけっこういるようで、明治以来の政治的政策もあって(大陸への野望があって)、チンギスハーンは源義経だ、なんてことを大真面目に論じていた時代もありました。
 フビライは、モンゴル本国の版図を広げ、中国で元を建て、大陸のみならず、海を渡ってボルネオまで攻めて行ったんですから、まあ、勢い?で、近い日本にも元寇があった。そう思えば、大帝国の冷厳な支配者というイメージがありますが、肖像を見るとなんだかヒトのよさそうなおじさん。でも、赤い派手な柄の袍の上に、豪華な毛皮のコートを羽織って、同行の美女よりも華やかに描かれている図もありました。やはり目立ちたがりではあったのでしょうね。
2005-04-21

トオリルカン

た555
 ケレイトの王。テムジンの父エスゲイのアンダ(盟友)。
 かつて、父親を殺された草原の孤児テムジンを保護していた大親分だったのだけれど、次世代のテムジンとは、結局、敵対して滅びてしまった。更に次の世代、彼の2人の姪が、テムジンの息子のジュチとトゥルイの妻となって、お互いの息子をからめた広大なモンゴル帝国の大陸間陰謀を繰り広げるのはずっとのちのことです。
 しかし、ケレイト王国は、草原の開明派。はやくからネストリウス派で、トオリル自身はダビデ、祖父はマルコという洗礼名を持っていたとか・・。伝説の「東方のキリスト教徒の王」であったのです。
 後々、エンリケ航海王子などが「連絡」を取りたがっていた、伝説のプレスター・ジョンのモデルとされます。

ジュチ

ジュチ
 モンゴル帝国の最高権力者の長子であり、才能にも恵まれながら、父親との確執(出生の秘密!!)があり、不遇の生涯・・・・ドラマですよねえ。
 蒼き狼」(井上靖)で、ハマった人多いんじゃないですか? ラスト近くで、一族挙げての大狩猟会に姿を現さず、ジンギスカンの怒りをかうけれど、豊富な獲物だけを送り届けてくるシーンは、なかなかいいですよ。「世界史」テストでも、キプチャク汗国だけがすぐ覚えられたっていうのも、ジュチのおかげでしょう。
 漢籍では拙赤・朮赤・約直・拙職などと書かれ、モンゴル秘史(東洋文庫)では、ジョチと表記されていますが、「客人(ジョチ)」説が、物語を産みました。いやあ、男にとって「ほんまにワシの子か?」は、永遠のテーマなんでしょうか・・。
この人も「座乱読認定チェーザレ」の一人です。
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乱読F

Author:乱読F
歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

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