有職雛の女雛

雛

 明治時代初めころの有職雛の女雛です。
 男雛も顔立ちは童形で作られていますが、衣装は狩衣に立烏帽子。
 女雛は、袿(うちぎ)姿。紫の小袖に緋の袴。髪型はおすべらかしながら、前髪を垂らして、可愛らしく作ってありました。
 季節はずれですが、旧暦では・・・というか関西では、4月まで雛祭りですので・・。
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マスグレーブ家の執事ブラントン

ブラントン

 シャーロック・ホームズシリーズの「マスグレーヴ家の儀式」という物語の登場人物です。
 設定はホームズが大学時代の友人から相談事を受けるということになっています。
 その人物は、歴史的な旧家で、人が住んでいる家としてはこの国最古だろう・・と言われるほどの古い屋敷というか城に住んでいる当主。で、彼の屋敷の執事が、不可解な行動の後に、忽然と姿を消した・・というもの。
 そして、姿を消す前に、屋敷の図書室で、深夜に何かを熱心に調べていた・・・というのですが、それが謎。
 で、 謎を解くのはもっぱら探偵ではあるのですが、おそらく、その謎を、執事が解いていた・・そしてそれこそが失踪の理由・・というものです。
 その謎が、旧家に伝わる成人式の儀式書ですが、とある歴史的な財宝の隠し場所・・・というもの。
 シドニー・パジェットの挿絵ではなにやら熱心に調べ物をしている挿絵があるのですが、せっかく図書室(旧家の図書室すごいですよね)にいるのだから、なにか参考資料を色々出して調べていたに違いないと私は思うので、そんなふうに描いてみました。
 あ・・・ロンドンのホームズ博物館に、知る人ぞ知る、この執事の「死体」があるらしいのですが、頭脳明晰、容姿端麗のはずのブラントンさんにしては、なんだか気の毒すぎる「姿」なので、知的な雰囲気にしてみました。
 ちなみに、神戸の異人館の英国館にも、この「執事の死体発見場面」の、発見者側の人形があるらしいです。そのうち見に行ってみよう。 

桜惜しむひと

桜

 まだ桜は咲いていませんが、どうやら、春は、かなり近くまできている気配・・。
 桜吹雪が舞い散る日も、そう遠くないだろう・・と、こういうイメージがわきました。
 とくに誰と特定しているわけでもありませんので、桜を惜しむひと・・ということで。
 なにか歌でも詠みそうでしょう?
 早く桜が咲く春になってほしいです。

指輪をした女

指輪の女

 日本の写真家の草分けは上野彦馬ですけれど、もう一人、下岡蓮杖がいます。
 この下岡蓮杖が、江戸のごく末か、明治の初年に撮った写真で、一人の女性が座っているのがあります。
 長い黒髪を、髪を後ろでまとめてくるっと回し、鹿の子で縛ってかんざしを一つ刺している簡単な髪型が印象的ですが、左手に指輪をはめているのです。
 シンプルな指輪ですが、左手薬指に一本だけ・・・なんだか、質素な生活をやりくりしている主婦みたいな感じです。
 しかし、当時だと、かなり進んだ装身具だったでしょうねえ。レトロな写真だと、色合いがわからないのですが、着物も帯も縞模様なのは、おしゃれなおねえさんだったかも。
 顔は、私風に。色合いは勿論みんな想像ですが、手をつくテーブルにかけた布は春らしく桜模様にしてみました。

聖セバスティアヌス(着衣)

聖セヴァスティアヌス2

 聖セヴァスティアヌスといえば、もうすでに一度出しましたが、裸で縛られて体中に矢が突き刺さった(矢の数や刺さっている場所は注文主や画家の好み?)スタイルで描くのが当たり前になっていますが、カルロ・クリヴェッリの描く聖母祭壇画の聖人は、ちゃんと服を着ています。
 それだけでなく、当時のヴェネツィアあたりの洒落者の若者と同じような豪華で美々しい衣装。手には矢をもち、弓を足元に置いて、剣を佩いているので、武人としての正装スタイルなのでしょう。
 きれいに切りそろえられた前髪に、櫛目もバッチリのヘアスタイルに真珠の髪飾りという「おしゃれ」?なこの聖人が珍しかったので。
 顔立ちは若干私風にアレンジです。

薄絹のビーナス



 ビーナスといえば、ギリシャ・ローマの神話の女神とは言いながら、古来より、最も彫像や絵画に取り上げられてきた女性像に命名されるものです。(アフロディティとして以前に描いたものと同じようなポーズを改変して着色してみたものです)
 ルネサンス時代からも、裸の女性を描くのに好都合なのは神話の女神を名目にするのが画家やその注文主の常套手段。
 もっと下った時代でも、やはり裸婦を描く口実にされました。
 先日、クラーナハ展―500年後の誘惑ーを見てまいりまして、クラナッハ風ではないけれど、真っ黒の背景に女性の裸身を描いて、かたちばかりの薄い透き通った布で覆った・・ということにする・・・というのをやってみたくなりまして・・・。
 と言っても、クラナッハの作品のように、紳士の部屋で魅惑的な女性像をこっそりと、お仲間で観賞する・・・というような目的ではないので、薄い布のスケスケ具合はやや控えめに。でも、布があるほうが、真っ裸より「イミシン」でしょう?

自転車に乗る男

ツィードラン

 ツィードを着て自転車で走るというイベント「ツィードラン」の画僧を見ていて、思いついた。
 20世紀初頭の英国調スポーツウェアーのニッカーボッカーは、クラシカルな自転車に似合うなあ・・と。
  しかし、自転車が、そもそもどこで発明されたのか・・ということについては、ドイツだ、英国だ、いやフランスだと、それぞれの国が発祥の地を表明しているとか。
 しかしもともと、子供の玩具の木馬に車を付けて、それにまたがって足でけりながら進んだ遊具だったとか。
 1813年にドイツで、ドライス男爵が、こういった木馬風のものに、本格的なハンドルをつけ、進行方向を決められ、足蹴りで進んだものが発明され、それが、今日の自転車の始まりとされているそうです。
 そしてペダルが発明されたのは、1839年で、スコットランドの鍛冶屋さんが工夫したそうです。
 以後、様々な工夫を経て、1879年にイギリスで、前後のギアをチェーンで結ぶ駆動方式が発明され、今日の自転車の基礎ができました。

「非常並旅行服」の男

旅行服

 明治維新は、王政復古し、いよいよこれから新しい日本を作るべく断行されました。
 しかし、新政府は、いわば色んな身分がごちゃまぜで、天皇に近い公家もいれば、貧乏公家もあり、武家にしたって、大名もあれば、弱小殿さま、下級武士、はたまた軍籍に身を置く元農民など、さまざまな身分がごちゃまぜ。
 そして、天皇を中心として政治をするといっても、集まった連中が、それぞれ服装がバラバラ。
 天皇に拝謁を願うには、衣冠束帯でなければならない、百歩譲って狩衣烏帽子と主張する貴族がいると思えば、大名などは大紋直垂でよいではないかというし、中流以下の武士階級の出身者は、直垂なんぞ持ってないし、豪農や、豪商では黒紋付きの羽織袴が正装で参内させてほしいという。
 いかにも見ただけで寄せ集め政府の感があるし、現に明治初年のある集合写真では、狩衣烏帽子の公家のとなりに直垂姿の上級武士がおり、洋装の外人、羽織袴の下級武士、洋装で蝶ネクタイ断髪の(洋行帰り?)日本人、チョンマゲ軍服の兵士などが並んでいます。
 これはいかんぜよ!ということで、早急に「官服」の制定が叫ばれましたが、とにかく、シッチャカメッチャカで全然決まらない。
 古式ゆかしくしたい公家方は、衣冠束帯だの狩衣だのと公家衣装にこだわり、実際に武士にもこの格好をさせると、下級武士は烏帽子など慣れないし、袖の大きなのも難儀で、とても閉口したらしい。
 第一、外国人からみたら「エキゾチック」なこの衣装はヘンだよ・・というのは洋行帰りの日本人たち。
 とりあえずは、各藩で勝手に洋装になっていた軍服から統一を図り、一般官吏にも、「非常並旅行服」というものが、明治3年に制定された。絵図によると、黒羅紗の詰襟で、金釦、紫の組紐の肩章がつき、袖の装飾で身分が決まっていたらしい。
 これは、「旅行」というのは、国内ではなく、海外に出張するときに、和装では不便であろうということで、やや軍装よりのスタイル。 のちの話になりますが、岩倉使節団が出発するときに、三条実美が「おくる言葉」の中で述べた、
  万里馳駆 英名を四方に宣揚する
 という気概を持って洋装した明治官人のユニフォームとして考案された。。
 
 それの絵図をもとに復元してみました。
 明治の服制についてはこちらにも書いています。

明治の貴婦人

明治の貴婦人

 明治時代の女性の正装「白襟紋付」姿の女性。
 鹿鳴館時代に、女性の参加が少なくて悩んだ政府は、洋装でなくてもよいと規制を緩めると、こういった紋付姿の女性の参加が増えたそうです。海外に留学していたことのある女性ならともかく、当時の日本人の女性は、身分の高い人でも、身体の線のあらわな洋装は二の足を踏んだことでしょう。
 明治のころの着物は地味で、地色は鼠や納戸色といった緑がかったグレーのようなのが流行ったのですが、裾模様も、ほんの少し裾周りに散らすといった、今から見ればかなりシブイ模様でした。
 輸入染料が入ってきて鮮やかな色合いが染められるようになって、だんだん色合いも華やかになり、大正ロマン、昭和モダンと言われる華麗な着物が登場してきました。
 女性の正装「白襟紋付」についてはこちらに少し書いています。

明正天皇

明正天皇

 奈良時代以、絶えていた久々の女性天皇は、寛永6年にわずか7歳で即位しました。
 即位の事情は、いろいろあって、父親である後水尾天皇の幕府に対するいわば「反抗」のため・・といえばいいのでしょうか。
 これまでの・・といっても860年ぶりですが、大人であった女帝と違って、幼帝にして女性という立場です。
 生母は、徳川和子・・つまり、幕府の将軍であった徳川秀忠の娘ですから、徳川家の血を引いている(という意味では、和子の母はお江の方・・つまり淀殿の妹ですから、和子の祖母はお市の方で母方では織田家につらなる)。
 もし男子であれば、徳川家の血筋ということで、幕府だって大喜びのはずなんですが、徳川和子には生まれた皇子がすべて若死にするという不幸。
 ところが夫の御水尾天皇は徳川家の干渉をうるさく思っているうえに、秀忠が気に入らん・・・ということで、この幼い姫に突然皇位を譲る。まあ・・・「お前の孫を天皇にしてやったんだから文句は言うな・・」ってとこでしょうか。
 色々事情はあれ、女帝が誕生したのですから、儀式は滞りなく行わなければならない・・。
 ところが、女帝がたってからすでに800年以上たってしまって、どのような装束で即位式に臨めばよいかわからない・・。
 そこで、参考にされたのが正倉院で、正倉院に残っていた冠の断片から女帝の宝冠を復元し。礼服を作った。
 それが、どのようなものだったかはよく分かりませんが、残っている絵図などから、能の女神がかぶる天冠のようなもので、身に着ける装束は、古代から天皇の色とされる白で、筒袖の袍と大袖の上着が作られたようです。
 それらのものから、こんな感じではないかと・・・。
 真っ白の装束は、現在の宮中祭祀にも皇后陛下が着る純白の十二単のようなものと思われます。

ヴィクトリア朝の人々3



 ヴィクトリア朝を舞台にした小説やドラマには「お屋敷」が出てきます。
 貴族たちは、田舎の領地に広大なカントリーハウスを持ち、ロンドン社交界を楽しむために市内にはタウンハウスを持っていて、沢山の使用人に囲まれていました。
 そういった、使用人の中で「メイド」は、なにやら、ミョ~な流行り方をしているんですけどね(まあ、執事というのも、ややミョ~な感じですけど)。
 主人のために、晩餐会の給仕などの表立った働きから、下働きをしていた男性使用人を「図説 英国執事 貴族をささえる執事の素顔」(村上リコ・ふくろうの本)から、書いてみました。

 座乱読ー別荘ーで、「そこの執事さん」シリーズのマンガ描いてます。

ヴィクトリア朝の人々2

ヴィクトリア朝の人々2

 前回の続きです。
 これは1860年代以降の警官のヘルメット。胸のボタンに吊して、上着の下に突っ込んだ鎖には警笛がついています。上着の下から見えるのは、腰に下げた手錠。
 銀行員は中流階級の下層に属し、ジェントルマンのはしくれ。現代の背広につながるラウンジジャケットです。ズボンのセンターの折り目が入るようになるのは20世紀になってからです。
 農場のスカラリーで働く女性。
 帽子をかぶったのは一応は中流の外科医の夫人。

ヴィクトリア朝の人々

ヴィクトリア朝の人々

「ヴィクトリア時代の衣装と暮らし」(石井理恵子・村上リコ・新紀元社)。
 こちらでいえば明治村みたいなところで、復原されたヴィクトリア時代の街で、それぞれの職業人に扮している普通の人々のコスプレを集めた写真集。これが面白かった。
 本当にそのへんのおばちゃん、おっちゃんたちを、現代のおばちゃん、おっちゃんたちがやっているんです。
 衣装も、時代考証をして特別に制作しているんですが、なるべくその時代風のものを身に着けた人々の写真集。
 美人で気取った上等の衣装を着けた上流階級の貴婦人や、ビシっとした服装の貴族なんて、出てきません。
 印刷屋は上着を脱いで、黒い袖カバーとエプロン。でも、手はインクで汚れているのはちゃんと仕事してるから。
 鉄道整備員はズボンもベストも、元の色が何色だったかわからないくらい汚れているけれど、これは職業上のプライド。手にするスコップは、井上勝も持っていた。髭をそれば、けっこうハンサムかも・・?
 リッチフィールド伯爵家のキッチンメイドは赤の細いストライブの服に白いエプロン。
 ランドリーメイドは青、ハウスメイドは紫のストライブと決まっていたんだそう。エプロンだって、ごく普通の白いもの。  

祇園社の巫女

祇園祭の巫女

 現代の祇園祭には、稚児はいますが、巫女はいません。
 しかし、古来、祇園社に奉仕する巫女がいて、祇園御霊会の三台の神輿にもそれぞれ、神の声を聴く・・あるいは神と人の間の通訳たる巫女が付き従っていました。
 ですが、すでに洛中洛外図に描かれた祇園御霊会には巫女の姿はありませんが、年中行事絵巻(写本)には、この祇園社の巫女が描かれています。
 巫女とはいえ、神主の補助をするのではなく、そもそもは、神の声をじかに聞ける巫女のほうが地位は神主より上であったとも言われています。
 しかし、応仁の乱の後、ほとんど京都の古代的な秩序が覆り、祇園祭りにも巫女は参加しなくなります。
 年中行事絵巻に描かれた巫女は、唐衣裳の正装をして、馬に乗り、傘をさしかけられて扇を持ち、帖紙(たとう)をかざして堂々と進みます。絵巻には色彩がありませんが、色を付けてみました。
 祇園祭りの巫女については、こちらに書いています。

内田九一

内田九一

 年初は晴れ着を着て、写真館で写真をとる・・・。こういうのは、最近あまりききませんね。
 小学校の入学式、成人式くらいでしょうか? あとは結婚式。
 そういった肖像写真が始まったのは幕末明治。
 日本の明治の写真家の草分け的存在の写真師の一人に内田九一がいます。
 写真師といえば上野彦馬が有名ですが、内田九一は、長崎で写真術を学び、上野彦馬の弟弟子にあたります。
 しかし、彼自身の名前より、彼の撮った写真はとても有名。
 社会の歴史の教科書では、必ずおめにかかるかの、「明治天皇」の軍服姿の写真を撮ったのが内田九一です。
 そして、ちょっと詳しい歴史の教科書では出ている木戸光允の羽織袴にチョンマゲの写真。あれも、内田九一。 
 ほかにも、彼の被写体になった人たちは有名人が多い。
 そんな、売れっ子写真家であった内田ですが、あまりに忙しすぎたのか、写真師の仕事としては絶頂期であった明治8年に病死しています。彼の死後、妻のおうたが、大阪に戻って弟子と一緒に写真館を開業したそうですが、今も大阪には内田写真館ありますが、系譜はおなじでしょうか?
 彼の経歴や被写体の方がたについては、こちらの「座乱読無駄話日記」でちょっとふれています。
 

謹賀新年


 
 本年もどうぞよろしく。

福沢諭吉

福沢諭吉

 いまさらながら、お札にもなった有名人です。
 ただ、見慣れた着物姿でもなく、アメリカ女性と、ツーショットのチョンマゲ姿でもない洋服の福沢さん。
 慶応三年にアメリカから帰ってきたばっかりの福沢さんが、これからの時代は西洋だ!ってことで、西洋衣食住という本をだし、その中に、初めて洋服を、丁寧な絵入りで紹介しています。
  このころ、ご本人も西洋装束をして、西洋乗馬をしていたらしい・・ということで、洋服を着て乗馬ブーツをはいた写真があります。
 写真ですから、色は勿論わからないので、無難なところで無彩色にしてみました。
 撮影されたのは、浅草あたりにあった内田九一の写真館であろうと思われます・・というのも、この寄り掛かっている肘掛?が色んな人の写真に出てくるからです。
 この時代に写真を撮ろうと思ったら、限られた場所しかなかったのですから、どうしても同じ場所になり、その小道具や背景で、時代考証が出来るというのは面白いですねえ。
  この肘掛と背景の壁は色んな有名人の背景となっています。
 内田九一については、また次の機会に。
 
 で、諭吉さんとその洋服などについては、こちらの無駄話日記にちょっと書いています

 こちらもよろしく。

   座乱読無駄話日記
   座乱読ー別荘ー (こちらはほぼ毎日更新を目指しています)

鷹匠

鷹匠

 大津絵の鷹匠です。「藤娘」と並んで、人気の絵だったそうです。
 藤娘が若い女性なら、鷹匠は、少年の姿をしています。
 「大津絵」のシンプルな絵柄ではなく、同じ姿で、私風で。
 長い羽織を着ていますが、浮世絵の少年の「鷹匠」などでは、紋所のはいったものもあります。
 現代の鷹匠は、野羽織にゲートル、地下足袋にハンチングをかぶっているのは、明治になってから復活した姿だそうです。

天使と悪魔

天使と悪魔

 今までかかって、旧座乱読跡乱駄夢人名事典が移転し終わりました。
 これからは、新規の投稿になります。
 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 さて、今回の「天使と悪魔]は、ロレンツォ・ロットの絵に描かれた、あからさまに悪魔っぽくない悪魔の絵を見て、触発された・・とでもいえるものです。
 その記事は、こちらの日記に書きました。
 良い天使と悪い天使の対比から、やがて悪魔が生まれた・・というようなことです。
 で、同じ顔で、色合いと上下をさかさまにしてみた絵を描いてみました。

  座乱読無駄話日記 は不定期雑文日記です。

  座乱読ー別荘ー  は、毎日更新をこころがけているラクガキです。
                いまのところ「そこの執事さん」というシリーズをやっています。
 
 こちらもどうぞ、よろしくお願いします。

末弘ヒロ子

末弘ヒロ子

 なんとも、あんまりひねりのない名前というか、素直すぎる感じがします。
 しかし明治の世の中では、女性は結婚すると姓がかわるので、せめて実家の姓の一部でも残しておこうかというつもりだったのか・・?
 この人は、明治41年に行われた日本初のミスコンの第一位になった「美女」で、当人は全く知らぬ間に、姉婿が勝手に応募してしまい、日本一の美女になってしまったんです。
 それなら、今でも、友達とか兄弟がが勝手に応募してアイドルになったとか、そんな話はままありますが、なにしろ、明治時代のお嬢様だったから大騒ぎ。
 父親はお堅い警視庁務め。本人は、女子学習院中等科在籍の、16歳の現役の「女学生」。
 しかも、当時学習院の院長は乃木希典。カチカチの軍人です。
 本人には、全くそんなつもりもなかったのに、学校でも噂になり、とうとう退学処分にまで発展。
 学校に美少女アイドルがいたらこれこそ、学校の宣伝と喜ぶ現代とは大違い、気の毒ですねえ。
 おまけに、退学を命じた院長は、このままでは、家名に傷がついて気の毒だからと、彼女を結婚させようということになった。
 ちょっと待って! それはないよ!・・と今なら言うでしょう? 
 しかし、縁談を持ち込んだのが当の院長乃木大将だし、お相手は野津侯爵家の子息だったので、両親は大喜び。
 しかし、現当主の野津侯爵は病床にあって明日をも知れぬ様態なので、子息の結婚を急がせるという事情があったんですね。
 かくして、彼女は未来の侯爵夫人・・といえば恰好がつくかもしれませんが、こんなんで、本当によかったの? 
 こっちにもちょっと書いています。
2016-02-25

招き猫2

招き猫2

 住吉大社の初辰猫では、雌猫はないので、私の創作です。
 羽織の猫がいれば、着物の女性猫がいてもいいかなあと。
 偶数月なので、右手あげ。
2016-02-04

招き猫1

招き猫1

 招き猫の由来は、井伊家の殿様に関するお話で、豪徳寺のものが有名ですし、また招き猫の置物に至っては、今戸焼きと常滑焼とか本家争いしている様にも思えますが、そういう薀蓄は「完全犯罪に猫は何匹必要か」(東川篤哉・光文社文庫)に、意外と面白く解説してるんですけどね。
 招き猫関連では、こっちも・・・。
 今日は招き猫でも、ちょっと造形の変わったもので大阪の住吉大社の初辰猫です。
 これは、商売繁盛の猫で、各月の初辰の日お参りして招き猫をもらい、これを48匹そろえる。
 初辰ははったつ・・つまり発達で、48匹の猫でしじゅうはったつということで始終発達だから、満願成就だそう。
 この猫は、神様の猫ですので、一般に知られている招き猫のように、よだれかけだけとか、首に鈴付リボンとかだけの猫ではなく、ちゃんと着物を着て、それも裃を着ていたり、紋付の羽織を着ていたりと正装しています。
 ということで、羽織を着た猫。偶数月の猫は右手を上げて、奇数月の猫は左揚げです。
2016-02-03

羽柴秀吉と三法師

秀吉と三法師

 映画の「清州会議」でも、名場面として登場するのは、秀吉が、三法師を抱いて登場し「この御方こそ、上様の後継者!」と宣言するところでしょうか。
 本能寺の変のあとで、信長の後継者を決める会議で、大人になっている息子たちより、二条城で死んだ嫡男の織田信忠の子供である三法師(織田秀信)こそ、正統派である・・というのは、筋から言えばそうなんでしょうが、わずか3歳ともなれば、武家の、それも戦国時代の、ほぼ天下統一を目前にした織田家の当主としてはあんまりな幼さです。
 そこを、秀吉がゴリ押したみたいな感じで、策略勝ち・・のように言われていますが、本当のところはどうだったのでしょうね。
 この場面は「絵本太閤記」の名場面で、挿絵をもとに、ちょっとカッコつけた秀吉さんを描いてみました。
 錦絵にもなっていて、衣冠姿の立派な秀吉さんと、まだ放ち髪の子供・・というところで対比されますが、わざとらしく、三法師の衣装を織田木瓜の半尻にしてみました(本来なら、織田家も桐紋を賜っていたので、正装だと五三の桐ですが、それだと秀吉とおんなじになるので、絵柄としては、秀頼とまちがえられそうなので・・・)。
2016-01-19

蛭子(恵比寿)

蛭子

 蛭子(ヒルコ)は、伊弉諾、伊弉冉(いざなぎ、いざなみ)の夫婦神の最初の子供です。
 しかし、足が立たなかったことから、海に流されたとされています。
 しかし、その呼び名のヒルコというのは、天照大神の名の一つ、ヒルメとも対称することから、本来は、太陽の子供という意味の男神だったのではないでしょうか。
 その最初の太陽の失われたのちに、再度、ヒルメが登場するというのはどうなんでしょうねえ。
 太陽が失われる冬至の日に、再生した新しい太陽を祀る儀式が「岩戸伝説」だともいわれていますし、冬至はクリスマス・・つまり、キリスト教でも神の子が生まれる日でもあります。
 そして、そのキリストも、長じて、人類の罪を背負って殺され、天国に再生します。
 蛭子もまた汚れとして海に流され、そして新しい日の神が生まれる・・・・なんだか、キリストっぽいなあと・・・。
 また恵比寿さんとも同一視されていて、恵比寿様は勿論異国から到来した神ですが、福をもたらしてくれる神様です。
 商売繁盛笹持ってこい・・。エビスさまについては、こっちにもちょっと書いてます。
2016-01-12

ダリア叔母さんと謎執事グロソップ

おばさんと執事

またしても、ウッドハウスのジーヴスシリーズです。
 国書刊行会のジーヴスものの10巻目、「ジーヴスの帰還」
 バーティを不倶戴天の敵とみなしているサー・ロデリック・グロソップ氏が、バーティと「共闘」する事件がおこります。
 この方は、当初、バーティの従兄弟の双子らがあくどいイタズラをしたせいで、バーティは「くるくるパー」だと思い込んだり、また、牛型クリーマー!の件では、バーティは「泥棒癖」があると決めつけ、はたまた、湯たんぽ穴あけ事件がおこって、ベッドを水浸しにされたので、アタマに来てしまったことなどから、まあ、ものすごくお互い『会いたくない人間ナンバーワン」だったんですね。
 それが、2人して顔に墨を塗ってひどい目に合う冒険(サンキュージーヴス)を経て、なぜか少しお互いを見直す・・といったところまでこぎつけていたんですが、ここにきてついに「友情」が芽生える。
 巨大な禿げ頭、もじゃもじゃの眉毛が特徴の高名な精神科医の御年51歳の紳士ながら、まあ、恋する貴婦人のために黒人バンドマンのマネをしてみせたりするお茶目?で果敢なところはあったんですが、今回は、ダリア叔母さんちの執事のふりをして、お屋敷に登場。
 ただ、叔母さんちの絶品シェフの料理のみを楽しみにして行ったところが、この禿げ頭モジャ眉の「執事」があらわれ、仰天するバーティも見もの♪
 それには、ダリア叔母さんと、サー・ロデリック氏共謀の「深い陰謀」があるんですが、それに振り回されるのは相変わらずのバーティのみ。しかも、今回もまたトムおじさんの牛型クリーマーがらみ・・。
 まあ、この中年コンビが面白かったので、クセものの二人を・・。
2016-01

徳川家康

家康

 今頃、ようやく、戦国時代の最終英雄?・・・徳川家康さんです。
 徳川家康といいながら、このスタイルはまるで明治時代みたいですが、徳川幕府最後の将軍徳川慶喜が、フロックコートを着て、椅子に座っている写真をみまして、大先祖の神君にも文明開化の色合いを・・ということで、思いついてやってみました。
 まあ、大阪人の私がなんで家康どのなんやねん・・ってとこもありますが、真田幸村では大河に影響受けすぎでしょう?
 ポーズは家康さまの有名な三方が原敗戦の反省の肖像スタイル。
 今年は、没後400年の区切りでもあります。
2016-01-01

ジーヴスシリーズの三悪童

悪がき

 しつこく、またしてもジーヴスシリーズの登場人物です。
 短編「愛はこれを浄化す」に登場した3人の悪童たち。
 バーティ主従は、夏の暑いロンドンを避けて、郊外の知人のカントリーハウスの招待客となり、優雅な休暇を楽しもうとしています。ところが同じシーズンは、普段寄宿舎に入っている子供たちが夏休みなんですね。
 あてにしていた知人のところに、一目見ただけで殴り倒したくなるイヤミなガキのセバスチャン(ムーンおぼっちゃま)がいると知って、ダリア叔母さんの屋敷に転がりこむことにします。
 ここにも、叔母さんの息子のボンゾという13歳の少年がいますが、この子はあまり才気煥発ではないので、安心して訪問すると、なんと予想もしない悪ガキ中の悪ガキであるトーマスがいるではありませんか!
 トーマスこそは、バーティの悪ガキランキングの五指のトップにくる少年で、なんとしても避けたい相手。
 しかも母親のアガサ伯母さんが海外旅行に行くので、ダリア叔母さんに息子を押しつけてきたらしいので、一人で滞在している・・これってやりたい放題ってことでしょう。
 しかも、この家には今、心臓の悪い老紳士が避暑にきているんです。
 波乱必定・・・と思いきや、この老紳士が二人の同年代の少年がいるのなら、道徳教育をしようと思い付き、より良い善行を行う少年に、お小遣いをあげようと、日々の善行得点表なるものを付け始めた。
 かなりの額のお小遣いなので、悪童トーマスも別人のよう。
 子供も子供なら大人も大人で、ダリア叔母さんは、滞在客の夫人の一人と賭けをするんですね。
 どう考えても自分の息子ボンゾのほうが「いい子」なので、気が大きくなって、その夫人が自慢のキッチンメイドをかけたので、なんと彼女は絶品シェフのアナトールを賭けた。
 聖人君子のようなトーマスを面白がっていたバーティですが、叔母さんがあせりはじめ、なんとかしてとバーティに頼み「トーマスの化けの皮をはがしておくれ」ってとこです。
 トーマスの「聖人」ぶりはすごいもので、気難しい紳士の言うことを素直に聞いてどんどん点数を上げていく。
 こうなったら、たよりはジーヴスです。
 「ムーンおぼっちゃまをこちらの御屋敷に招待なさいませ」との助言を得て、バーティが逃げ出してきたところの、もう一人の悪童セバスチャン・ムーンを投入。
 この二人を一緒にすれば、絶対トーマスがキレて、セバスチャンを殴り倒すに決まっているって・・・大人げないなあ・・。
 ところがトーマスの「聖人」ぶりはこわれない・・。
 どうしてトーマスがこれほど「聖人」になったかというと、高額の小遣い欲しさではなく、彼が憧れの女優にふさわしい立派な男になろうと努めているということが判明! え~! な展開でしょう?
 そこで、またジーヴスの一押しというか、彼の最終兵器がしたたかだったというべきか。
 トーマスの憧れの女優を、セバスチャンがこきおろし、怒り狂ったトーマスが、水の入ったバケツを持って追いかけ、
運悪く・・か、ワザとか、老紳士が昼寝をしているところになだれ込み、そのバケツの中身は老紳士にぶちまけられた。
 ・・で、ダリア叔母さんはアナトールを手放さずにすんだ・・というものです。
 大人も子供もたちが悪いですねえ・・・。 
2015-12-28

ジーヴス&ウースター3

ジーヴス3

 2000人のプレッシャーが消えたら、なんだか歯止めがききません。
 今ハマってるジーヴスシリーズも国書刊行会版の第6冊目。
「サンキュー ジーヴス」です。
これのラストシーンの会話。
 第一章で、バーティは、ジーヴスと、とうとう喧嘩別れしてしまったんですね。
 彼なしで、新天地に向かうも、いろんな事件がおきまくって、またまた危機に陥るバーティー。
 友人が所有する広大な敷地の中にあるコテージを借りて、新しい執事と暮らすバーティですが、本家の巨大な御屋敷に住む友人が、ジーヴスを雇う。
 新しい執事そのものが災厄であったり、昔の元婚約者とかが入り乱れて、死ぬような目にあうバーティを、影ながら助けるのはやっぱりジーヴスです。
 で、コテージも燃えてしまい、友人の屋敷に転がり込んで朝食を御馳走になる。
 給仕するのはジーヴスですが、もう彼の執事ではないので、傷心してロンドンに戻るというバーティに、ジーヴスは「再度お仕えさせてもらえませんか?」と申し出るラストシーンで、この会話が交わされます。
 バーティは、感極まって何も言えず、コーヒーポットをひっくり返し、ただ
 「サンキュー ジーヴス」
 「滅相もないことでございます。ご主人様。」

 しかし、顔を真っ黒に塗って、黒人バンドマンに変装していたバーティを悪魔と思って、肉切包丁とナタで果敢に戦ってコテージを燃やしてしまった新しい執事のブリンクレイは、その後、どうなったんだろう?
「おのれ! 悪魔!」というところを「あなた様は、悪魔様でございます!」と叫んでいた丁寧な人物ですが・・。
2015-12-25

ジーヴス&ウースター2

ジーヴス2

  この主従は、この間出たばかりなんですが・・・。
ジーヴスシリーズをぼちぼち読んでいますが、「ウースター家の掟」で、登場した、意外にジーヴスが運動神経がいいって場面を描きたくなって・・。無人と思って入った部屋に、突然凶暴な犬が現れ襲いかかってきたので、二人はそれぞれ、近くの家具の上に逃れるんです。
 バーティーは飛び立つワシのごとく、引出箪笥の上に。ジーヴスはツバメのごとく戸棚の上に・・。
このお話について、いろいろはこっちに書いてます。

弁才天

弁財天
 
 今では七福神の紅一点ですが、もともとはインドの女神でサラスヴァティー
水神の一族で、音楽と芸術の女神で、財産の神ではなかったのですが、弁才天が、才能の才より、財産の財となって弁財天と変化して、財産や富貴もつかさどる女神に成り、人気が出たようです。
 日本には奈良時代くらいに伝わったようですので、五弦の琵琶を奏でる唐代風の衣装で描いてみました。

 本日はこの人名事典の11年目にあたりますが、とうとう2000人に到達しましたので、芸術の女神に登場頂きました。
2015-12-12
 
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Author:乱読F
歴史上の人物を沢山描きたい・・。
実在・架空2000人描き

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